「しゅ、集中力切れちゃったかもなー。ごめん、少し気分転換してくるね」
逃げられた。
はっきりとわかる態度を取られて、ついがっついてしまった自分を反省する。
「もう、大丈夫かしら。この勉強会、杏達から頼まれて開催したのに全然進んでないじゃない」
真には本当に申し訳ないと思う。
「んー、でも俺から見てもあいつちょっと変だなって思うぜ。マジでどっか具合悪いんじゃねえの?」
杏が出ていった店の玄関に視線をやって、竜司が戸惑ったように呟く。それ以上の追求は俺としても……さすがに気まずさを隠せない。
俺のせいだと、自惚れてみる。
だって、俺が顔を近づけたら明らかに杏は動揺していた。単なる仲間で、男女分け隔てなく接する彼女ならあそこまで反応しないはずなんだ。
もちろん、考えなしに露骨な態度を取っているわけじゃない。杏の相談相手になってから、こうやって仲間と一緒にいる時にちょくちょく視線を感じたり、うっかり手が触れたらこっちがびっくりするくらい驚かれたりしたら、期待するなって言う方がおかしいだろ?
ここまで誰かを好きになったのは初めてだった。
地元で誰かに告白されたり、なんてことが全くなかったわけじゃないけど、恋愛感情はまるで持てなかった。
でも、杏は違った。
見た目は今時の女の子なのに、大事な人のために自分を殺しちゃうような、優しくて不器用な性格なんだって知って、気づいたら誰よりも近くで「守りたい」と願う存在になっていた。
きっと、俺の目の前で鴨志田と親友のことで板挟みになって泣いていた杏を見た時から惚れていたんだろう。
「俺、ちょっと様子見てくるよ」
ついていきたそうなモルガナに視線で謝りながら、正方形のガラスが均等に張られたドアを開ける。
果たして、彼女はすぐそこにいた。
「りっ、凌一!? ど、どうしたの?」
膝を抱えて座り込んでいたらしい杏は、ひどく動揺した顔をこちらに向けた。
――ああ、やっぱりすごくかわいい。
つい緩みそうになる口元に力を入れて、隣に並ぶ。触れた肩から小さな震えが伝わってきて、こっそり隣を盗み見ると頭の中のぐるぐるがそのままダダ漏れていた。
「なっ、なに?」
しまった、バレた。
「あ、ううん。大丈夫かなって、心配で。具合悪いとか?」
「あ……ご、めんね。ありがとう。ううん、そういうのじゃないの。そういうの……じゃ」
後半は独り言に近いトーンで、顔半分を腕で覆ってしまう。むき出しの部分はわかりやすい赤に染まっていて、必死にごまかそうとしている姿がまたかわいいと感じてしまう。
「あ、あのさ。私、もう戻るよ。ほんと、大丈夫だから」
顔は逸らしたまま、くぐもった声で喋る。苦し紛れの嘘なのがバレバレだ。
まだ、自惚れていても、いいなら。
「俺は……まだ、ここにいたいな」
緊張がすごい。杏に知られたらかっこ悪い。俺、こういう駆け引きは初めてなんだから。
青空みたいな杏の瞳が、恐る恐る俺に向けられた。不安定に揺れていても、相変わらず手を伸ばして掴みたくなる色をしている。
「それ、どういう」
「杏と、一緒にいたい」
勇気を振り絞って。
少しだけ、顔を近づけて。
声も意識して、かっこつけてみた。
表情がころころ変わる女の子は、固まっていた。
口を半開きにして、耳まで真っ赤にして、目の周りを震わせて、俺を凝視していた。
ねえ、やっぱり期待してもいいの?
そんな反応するなんて、嘘の苦手な杏がこんなにわかりやすい態度を返してくれるなんて、俺は……俺は、自分のいいように受け取ってしまうよ?
「杏……」
「っわ、私! 先に戻るね! あ、ありがと!」
勇ましく立ち上がった杏は尻尾を巻くように店の中へ戻ってしまった。少しして竜司の悲鳴が聞こえてきたから、からかったか気遣ったかして倍返しされてしまったのかも知れない。あとで情報の提供を求められそうだけど、どこまで白状していいのか。
ああ、うまくいかない。
もう少し。そう確信はあるのに、その距離が埋まらなくてもどかしい。もっと経験値があれば、あとわずかぐらいまでは縮められたんだろうか。
でも諦めるつもりなんてない。諦めて後悔する真似は、絶対にしたくない。
そう、「もう少し」なんだ。
「だから、早くこの腕に落ちてきなよ。……杏」
