芽吹かない蕾はない - 2/2

「ユーリが、ね。そうだな、僕もジュディスと同じ意見かな」
 一室がユーリの部屋と化している宿まで移動して、少し遅めの昼食を取る。フレンやユーリの仲間だからとひとつおまけしてもらえたパンはふわふわでおいしい。
「あいつはそういう役割をすすんで引き受ける性格じゃないからね。何かあったら命令を出すんじゃなくて自分で動きたい奴でもあるし」
「それは首領になってもできるよね?」
「いや、肩書きすらも煩わしいって考えるんだよ。わがままだろ?」
 フレンは小さく肩をすくめてみせる。
「カロルが言ったみたいに、自然に人を引っ張っていったりする素養はあるけど、ユーリは『いつの間にかオレの周りに集まってたんだ』って言うだろうね。自覚がないし、持つ気すらない」
 さすが幼なじみ、遠慮なく言葉を連ねていく。
「それにリーダーって、強ければいいってわけじゃないのは君もなんとなくわかっているだろう?」
「う、ん……まあ、そうだね」
「だから大丈夫。今以上に、カロルが凛々の明星の首領に相応しいって言われる日が絶対来るよ」
 騎士団長として目下活躍中のフレンにそう言われると、よろこびもまた違ってくる。
「ありがとう……でもボク、自分じゃよくわかんないんだよね」
 自覚がない、むしろ持てないのが問題だと思う。それは常に「首領にふさわしい」自信がどうしてもわかないからに過ぎない。
 ふむ、とフレンは顎に手をあてて思案する。
「カロルはいつでも、助けてくれる仲間がいるだろう?」
 やがて告げられた言葉に拍子抜けする。
「心から信頼できる人って、いるようでいないものなんだよ。だから誰にも頼れなくて、独りきりになってしまう」
 ユーリ達と出会う前の自分を思い出した。
 誰にも信頼されず、馬鹿にされ続けたのは、無理に大人ぶろうと後先考えずに突っ走り続けていたからに過ぎない。
 一人で、しかもギルドを転々としていただけの子供に手を差し伸べる者などいるわけもなかった。
 みんなと出会えたから、焦ってもがくことの格好悪さを知った。叱咤激励してくれる存在のありがたさを、知った。 
「君は『仲間と助け合える』ことを実行に移せる。立派な首領の証だよ」
「……フレンにとって、その仲間はソディア達?」
「もちろん。それに、ユーリ達もね」
 特にソディアは、フレンを好きなのではと思うくらいに敬愛している。それだけ彼が、今の地位に相応しい人物だという証だ。
 自分も、仲間が認めてくれている。あのユーリだって、(からかいを除いても)首領と事あるごとに言ってくれている。
 多分ではなく、自分だけの問題なのだ。
 周りの期待を素直に受け止めて、自信をつけて、日々を邁進する。
 それだけがどうして、こんなに難しい。

  + + + +

 あれからフレンと共に時間を過ごして、気づけば夕飯もご馳走になる時間になっていた。
 予約していた宿に送ってもらい、あとは明日の迎えを待つだけ……のつもりだったが、思い出した。今日中に済ませる予定の買い物がすっかり抜けていた。
 店はここからすぐ近くだったはずだ。距離としては問題ない。
『いいか、絶対一人で夜は出歩くなよ』
『そうよ。私達、ちょっとした有名人だしね』
 ユーリ達の忠告が甦る。
 結界がなくなったおかげか街中の警備は逆に強固になってはいるものの、危険が消えたわけではない。ダングレストもそうだから理解はできる。
 だが、明日は迎えが来たらすぐ仕事が待っているし、買い物をしている時間はない。
 すぐ終わるし、大丈夫だろう。
 心の中で二人に謝りながら、武器と最低限のガルドを持って宿を後にする。場所柄か、視界は暗く人通りはほとんどない。自然と足の動きが早くなる。
 果たして、目的の物は無事に購入できた。後は戻って明日に備えるだけ。

「おい」

 低い、ドスの利いた声をかけられて背筋が固まる。
 ――いや、まだ悪と決まったわけじゃない。声だけで判断するな。あの二人みたいに、冷静になれ。
「こんなとこで再会できるたぁな。凛々の明星さんよ」
 こっちのことを知ってる!?
 思わず振り返ると、バンダナを巻いた男が二人立っていた。目蓋まで覆われているのと暗いせいで、目元はよく見えない。背丈はユーリよりも若干低いくらいだ。
「だ、誰、ですか?」
「忘れたのか? この間、お前達にしてやられた情けなーい奴らだよ」
 もしかして。
 漏れなく騎士団につき出した。そのつもりだったということなのか。見逃していたのか!
「あの腹立つ男はどうしたんだよ? 特にアイツに用事があるってーのによ」
「……いたら、なんなのさ」
 荷物で両手が塞がっているのは痛いが、先日の事件である程度の実力は把握している。最悪、宿に駆け込むという手段もある。
 とにかく隙が生まれる瞬間を見極めよう。
「まぁいい。ところでお前、ギルドの首領なんだってな?」
 懐からナイフを取り出して少しずつ迫ってくる。距離感を保ちながら、荷物を手放すタイミングを計る。
「お前みたいなガキが首領とは、信じらんねぇなぁ」
「……ガキで悪かったね」
「おっと、図星か? 悪い悪い」
 なんだこいつは。動揺させる作戦なのだろうか?
 だとしたら乗せられるわけにはいかない。
「そんな首領でも、死んだらさぞかし悲しまれるんだろうよ?」
「なに?」
 訊き返したと同時だった。
 一人が視界から消えた。息つく暇もなしに、背中から全身を拘束されてしまう。
「はっ、離せよ! 離せってば!」
 喉元を腕で締められて声が出なくなる。呼吸困難にぎりぎりならない力加減に、嫌な予感が胸中に広がる。
「ったく、あのヤローに合わせて人雇ったってーのに、拍子抜けだぜ」
 背筋から熱が奪われていく。その道のプロだとしたら、さすがに分が悪い。敵の言葉を信じるなら相当な手練をこの付近にも潜ませているだろうし、たとえこの拘束を振りほどけたとしても単独で乗りきれる自信は全くなかった。
 視界が少しずつぼやけてくる。今日は輪をかけて首領らしくない醜態ばかりを晒して、あげく抵抗らしい抵抗もままならずに殺されかけている。泣きわめくまではしたくないのに、堪えようとすればするほど双眸は熱くなって、しゃっくりに似た症状も出始める。
「ふん、やっぱりガキだな」
 そうだよ。お前の言う通り、臆病で情けないガキだよ。
「おい、コイツを連れてくぞ。……ここで殺すのは、目立ちすぎるからな」
 我に返って手足をばたつかせる。
 誰か、誰か助けて。ユーリ、ジュディス、ラピード、みんな……助けて!

「カロル!」

 視界は真っ暗で誰もいない。聞き覚えのある声だと思ったが、幻聴だったのだろう。
「おい、カロル! しっかりしろ!」
 いつの間にか固く目を閉じていたと気づいて、ゆっくり持ち上げる。
 ユーリ!
 声が出せなくて名前を呼べなかったが、幻じゃない。本物が目の前にいる。
「大丈夫か?」
 必死に頷く。相槌をうったユーリはいつもの見慣れた構えをとった。
「おい。黙ってうちの首領を放しな。そうすりゃ気絶程度ですませてやるぜ」
 仲間の自分ですら身震いしそうな殺気が伝わってくる。背中で短く息を呑む音が聞こえ、もう一人は若干後ずさりしている。
「よ、よお。待ってたんだぜえ、お前をよ」
「はーん。なら、なおさらカロルは関係ねえだろ。離してやれよ」
「相変わらず口が無駄に回るヤツだな……人を殺した時も、そうやってうまいこと言いくるめたのか?」

 ――今、アイツはなんて言った?

 ユーリの様子は変わらない。隙も構えも崩れていない。
「ある噂を手に入れてな。なぜか野放し状態の人殺しが、どっかのギルドに所属してるって。そのヤローの特徴が、黒い長髪に黒ずくめ。まるで目の前にいるやつみたいだよなぁ!?」
 喉の奥が震える。目が熱い。
 やめろ、勝手なことを言うな。
「こんな人殺しのいるギルドなんざ恐ろしくて誰も近寄らないだろうよ! おまけに首領はこんなガキで」

「ユーリは人殺しなんかじゃない!」

 感情のままに、叫んでいた。喉は変わらず絞められていて、空気の足りない醜いしゃがれ声だったが関係ない。
 二人の視線が自分に向けられる。大人しくしろとばかりに拘束している腕の力が増すが、構わず続ける。
「ボクの仲間に勝手なこと言うな! 何も知らないお前が言うなっ!」
「くっ、このガキ……っうわ!」
 瞬間、背中から圧が消えた。振り向けば、見慣れた犬が男に噛みついている。
「形勢逆転、だな?」
 残った男は少しずつ後退りをしている。今にも背中を向けて駆け出しそうな勢いだった。
「あら、どこへ行くつもりかしら」
 男が素早く振り返った先には、槍を携えたジュディスが笑顔で待ち構えていた。
「おいおいジュディ、物騒な登場だな」
「あなたに言われたくないわ」
「み、んな……周りにも、敵、」
 状況を伝えようと、必死に声を絞り出す。三人がいればどんな敵も敵わないだろうが、過信は禁物だ。用心に越したことはない。
「ああ。気配があるな」
「とりあえず、この人は遠慮なく縛り上げちゃいましょ」
「そう、だなっと!」
 声に合わせてユーリが剣圧を飛ばすと、盗賊の身体が地面を擦るように吹き飛ぶ。気絶したのか、ぴくりとも動かない。
「ジュディ!」
「わかっているわ。あの人も、ね」
 ラピードを振り解いたらしい男は屋根伝いに逃走しようとしていた。そのすぐ前を華麗に飛翔したジュディスの槍が突き刺さり、足が止まった隙をついて背後から両腕を捻り上げる。素早さはさすが、ジュディスの方が何倍も優れていた。
 ラピードが何かを探り当てたように顔を上げ、街の中央に通じる路地へと身体を向けた。ややして複数の足音が聞こえ始める。
「騎士団に連絡しておいたの。後は任せてくれるかしら? ユーリはカロルを連れて宿へ」
「悪い、頼んだ。ラピードもジュディのそばにいてやってくれ」
 ――一気に、気が抜けた。地獄で仏にあったような展開だ。
 情けなく、下半身が地面に縫い付けられてしまって動けない。ユーリに手を差し伸べられて握るも、そこから先に進まない。
「ったく、しょうがねえ首領だな」
 いわゆるお姫様抱っこをされてしまったが、反論する気にも暴れる気にもなれなかった。それどころか涙さえ溢れそうになる。
 宿のベッドに下ろされて、ようやく気分が落ち着いた。代わりに必要以上の緊張がかかっていた身体は一気に重みを増したが、口は動くし声も出せる。
「ユーリ、その……ごめんなさい。助けてくれてありがとう」
「仕事が早く終わってよかったぜ。ったく、夜は出歩くなっつったろ?」
 やっぱり怒られた。首をすくめるしかできない。
「買い物忘れちゃって。店、近いから大丈夫だと思ったんだけど……ほんと、ごめん」
「ま、無事だったからいいけどよ」
 窓辺に立つユーリは短くため息をついた。
「……そうだ。オレも、礼を言わねえとな」
「れ、い? って、なんで?」
 ユーリはこちらに背を向けたままだ。
「カロル先生みたいな首領くらいだぜ? オレのこと、人殺しじゃないって言い切ってくれんのはさ」
「そう、かな」
 嬉しいのだがどうにも違和感が抜けない。ユーリの言葉の背景に、身に覚えのある何かが見え隠れしているようで、落ち着かない。
「……もしかして、ジュディスに訊いた?」
 思い浮かぶのはこれしかなかった。
「首領が悩んでるからって、教えてくれたぜ」
 ジュディスって、口が固いと思っていたんだけどそうじゃなかったのか……。
 振り向いたユーリは苦笑を浮かべて、こちらに近寄ってきた。そっと頭を撫でる。
「オレもジュディも、お前のこと心配してたってこと。首領が元気なかったら心配すんのは当たり前だろ?」
「そ、それは……嬉しいし、ありがとう、だけどさ。ボク恥ずかしいよ」
 一番聞かれたくない人の耳に入ってしまった。ユーリからすれば本当に何でもない悩みだと思うだけで顔から火が出そうだし、穴があったら全身を埋めてしばらく発掘されないでいたい。
 隣でスプリングが沈む。ユーリとの間に流れる空気が変わったのを感じて恐る恐る隣を見やるが、黒髪に隠れていてわからない。
「……人を殺したのは、本当だ」
 背筋が震えた。
 自分の武器以上に重く、ユーリの攻撃以上に鋭い一撃を受けたような気分に、思わず拳を握る。
 ただの事実以上の私情やかたちにできない言葉が頭に流れ込んでくる。うまく表現できない。けれど、ただひとつの予感が湧いて出て、たまらない不安を煽っていく。
 ユーリは「その時」が来たら、離れていく?
 根拠は何もない。「その時」も、いつを表しているのかわからない。ただ、急に目の前からいなくなりそうな気がして、怖い。
 ギルドの結成に呼応してくれた。
 仕事だって、いつも手を抜かずにこなしてくれる。
 ギルド全体のことも、口ではいろいろ言いながらも常に考えてくれている。
 否定する材料は揃っているのに消えてくれない。
「……カロル?」
 怪訝な声をかけられた意味がわからずにユーリの視線を目で追うと、小さな悲鳴が漏れた。
 いつの間にか、ユーリの裾を握りしめていたのだ。
「ご、ごめん! なんでも」
 ない、わけがない。
 離れていかないよね?
 ずっと、凛々の明星の一員でいてくれるよね?
 みっともない。くだらない。そんなの聞くまでもない。だから、口は開かない。
 黙したままこちらを見つめていたユーリはわずかに視線を逸らした。
「オレは……さっきみたいな噂が出るのも時間の問題だと思ってたんだ。そのたびにギルドに迷惑がかかって、すまねぇと思ってる」
「そんな、そんなの!」
 ボクは大丈夫。だって大切な仲間だから。今でもその気持ちは変わってない。なくてはならない、そばにいて欲しい人だから。
「関係ない、ってか。そう言ってくれんのがカロル先生なんだよな」
 またユーリは苦笑していた。
 いや、ただの苦笑ではない。照れている。それをごまかすための笑みだった。不思議とこっちも伝染しそうになる。
 ユーリがこんな顔をするなんて想像できなかった。
「オレなら御免被るぜ? 人殺しの噂持ってるヤツを加えるなんてさ」
「ボクはユーリのこと、ちゃんと知ってるもん。だから大丈夫」
 どこか不安定に揺れる双眸が一瞬見開かれ、安堵したように唇が少し緩んだ。
 どうしよう、ユーリが子供に見える。可愛いとさえ思ってしまった。
「……やっぱり、カロルはウチの首領だな」
 頭を撫でながら、ユーリは笑う。
 いつも見る、クールで格好いいそれではなかった。歳相応と言えばいいのか、より幼いと言えばいいのか、とにかく無邪気な笑顔だった。
 胸がどきどきする。珍しい姿を立て続けに見ているから? なら、どうして顔も熱くなっているのだろう。
 おかしい。おかしすぎる。この反応にはとても覚えがあるから、余計に混乱する。
「あ、ありがとユーリ。ボク、頑張るよ」
「その意気だ。オレらも……オレも、ああいう噂も鼻で笑えるようなギルドになれるようにすっから」
「もー、オレら、でしょ。それにユーリは副首領なんだから」
「へいへい……ってそうだったのか?」
「だって直接声をかけたのはユーリが最初だもん。知らなかったの?」
「なるほど。ったく、カロル先生は抜け目ないな」
「首領、だからね!」

 ユーリはどこへもいかせない。どんな非難だって言わせない。
 そのために、もっと頑張るんだ。誇れるギルドにするために、着実に歩を進めていくんだ。
 その頃には、ユーリ達を束ねているリーダーに相応しい男になっているはず。いや、なってみせる。

 だから、「この」感情は邪魔なだけ。一時の気の迷いと言い聞かせてそっと蓋をした。

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