城勇ver

 ひどいよジョーカーさん!
 そう叫びたい衝動を何度も堪えながら、デュラックの部屋を目指して少しずつ足を進めていく。服部に隠密行動のポイントでも教わっておけばよかった。
 放課後を迎えた学園は、まるでパーティー会場に変化したかのような盛り上がりを見せていた。いや、むしろ殺伐としていると言う方が相応しいかも知れない。授業終了のチャイムが鳴った瞬間に教室を飛び出して正解だったとつくづく思う。
 マジになりすぎだ。でも、一番の戦犯は恋人であるジョーカーだ。
 早く辿り着いて、なにがなんでも止めないと。
「朝比奈」
「ひいっ!?」
 まさか、ゲームオーバー!?
 反射的に飛び出そうとした身体は、腕を力強く掴まれたせいでかなわなくなる。
「落ち着け。俺はゲームとやらには参加していない」
 冷静な低い声が響いて、ふと余分な力が抜けた。まさかの人物――千葉が、なぜここに。
「このまま、黙って俺について来い。ジョーカー様がお待ちだ」
 思いもよらない言葉に、別の意味で混乱してしまう。いや、今は向こうから接触してくれたことを幸運と思おう。頷くと、千葉は腕を解放して様子を伺っていた方向へ歩き出した。
 この人の用心棒たる部分には毎回感心してしまう。今だって、あんなに苦労していたのが嘘のように、血眼状態の生徒に全く出会うことなく目的地に到着してしまった。
「やあ、ようこそ勇気くん」
 くぐった扉の先で、ようやく対面できた人物は輝くような笑顔を刻んでいた。「誰もこの場所に近づけさせないように」と命令を受けた千葉が扉の向こうに消えると、居心地の悪い静寂が場に下りる。
「ゲームは楽しんでるかな?」
 わかりきっている答えを敢えて求めてくるジョーカーに、ぐっと拳を握る。
「……楽しめてないです。全然、これっぽっちも」
「あれ、そうなのかい? 残念だなぁ」
 視線の先で優雅に腰掛けているジョーカーの表情は変わらない。あの笑みはそう、まるで出会った頃のような、内心を掴ませない類のものだ。
「ひどいですよ! なんで、こんなゲームなんて開催したんですか!?」
「ひどい、ねえ。それは君も大概だと思うけど?」
 ジョーカーの仮面が剥がれ落ちた。
 机が互いの心の距離を示唆しているようで、たまらず近寄ろうとする。
「僕の言葉の意味、自分の胸に手を当ててよーく考えてごらん?」
 もはや誤魔化そうともしない冷ややかな声に身体が硬直した。こんなにジョーカーが不快感を露わにするなんて、かつて園田に本気で殴りかかった出来事を思い出す。
 タイムオーバー、とばかりに形のいい唇から短い溜め息がこぼれた。
「君は、誰の恋人だっけ?」
「ジョーカーさん、です」
「なのに、昼休みにやたら義理チョコ配ってた人はどこの恋人さんだったかな?」
 ――ああ、そうか。そういうことか。
 馬鹿だ、今になって合点がいくなんて遅い、遅すぎる。
「やっと理解できたのかい? 全く、相変わらず君はこういうところにはてんで鈍いね」
「ご、ごめんなさい! 俺、全然そんなつもりであげてなかったから……!」
 今度こそジョーカーに近寄り、勢いよく頭を下げる。
 そんなつもりでなくとも、恋人が他人にチョコを配る姿なんて面白くもなんともないのは当たり前だ。言い訳も全く意味がない。今すぐ過去に戻れるなら、求めてくる人間すべてをきっぱり断りたい。
「本当は隼人の迎え、寄越さないつもりだったんだけど、ね。あんなに必死な顔してここに来ようとしてくれてたら……」
 苦笑しながらの呟きに、胸が苦しくなる。衝動的に、リュックのように背負っていたバッグを下ろして赤いリボンのかかった箱を取り出した。
「本当にごめんなさい、ジョーカーさん。お詫びに、ってわけじゃないですけど、俺、ジョーカーさんのためにチョコ作りました。受け取ってください!」
 この日のために園田と特訓を重ねて、彼好みの味にばっちり仕上げた。
 機嫌を直して欲しいなんて贅沢は言わない。受け取って、一口食べてくれるだけでいい。「おいしい」と思ってもらえることが目的なのだから。
 ようやくジョーカーは身体ごとこちらを向いた。
「最初から僕にくれるつもりだったんだ?」
「もちろんです。ジョーカーさん以外の人に、あげたくありません」
「昼にたくさん配ってたけどね~」
 顎に力を入れて耐える。もう、無駄な言い訳はしない。
「……あーあ。僕もエージ並に面倒な性格になっちゃったなぁ」
 ふと表情を緩めたジョーカーは、差し出したチョコを机上に置くと、自らの膝の上に自分を乗せて頭を撫でてきた。
「そんな泣きそうな顔されたら、僕は降参するしかないよ」
「そ、そんなこと! だって悪いのは俺ですし」
「君が頼まれると断れない性格なのは知ってるよ。でも僕は心が狭いから、君の人気に嫉妬しちゃうんだ」
 目元を唇で軽く吸われて、本当に泣いてしまいそうになる。
 この人は本当に甘すぎる。けれど、その甘さを嬉々と享受してしまう自分も、どうしようもない。
「でも、そうだね。このまま許しちゃうのもつまんないな」
 わずかに視線を泳がせたジョーカーは、先程プレゼントしたチョコを手に取り、にっこりと微笑んでみせた。
「いいこと思いついた。ねえ、勇気くん。このチョコ、君から僕に食べさせてよ」
「……手で、ですか?」
「ううん。ここで、ね?」
 人差し指で唇をつつかれて、頬が熱くなる。恋人に口移しで……というシチュエーションは漫画などでたまに見るが、まさか実際に体験する側に回るとは思わなかった。
 けれど、拒否するつもりはない。それでジョーカーに喜んでもらえるなら御の字だ。
 わずかに震える指で梱包を解き、懸命にきれいに丸めたトリュフを一粒、つまむ。ジョーカーと改めて目線を合わせると、アイスブルーの瞳は菓子を待つ子供のような光で溢れていた。
 トリュフを咥えて頬に触れた瞬間、目元がすうっと細まり薄い唇がわずかに開く。その場所へと誘われるように、距離を縮めていく。
「んっ……」
「ん……すごく、おいしいよ。頑張ってくれたんだね」
「は、い」
「でも、まだ足りない、な……」
 顎をすくわれて、ふわりと唇が重なる。独特な風味を感じて思わず眉根に力が入るが、遠慮なく入り込んできた熱い塊に舌も口内も撫で回されて、味覚までもをすっかり溶かされてしまった。
「っは……あ、ジョーカー、さ……っ!?」
 首と肩の間にぴりっとした痛みが走る。いつの間にかネクタイとボタンを数個外され、首が剥き出しになっていた。
「君はちょっと危なっかしいから、コレも罰ね」
 もしかして……キスマークを、つけられた?
 反射的に、痛みの走った箇所を手のひらで押さえる。
「や、これじゃ大浴場使えないっ……」
「僕が一緒じゃない時は禁止」
「そ、そんな……っんんっ!」
 再び呼吸がおぼつかなくなるほどのキスをされ、首の裏にも罰の印を刻まれ、反論は完全に封じ込められてしまった。
 さらにボタンを外しながら、ジョーカーは勝利者の笑みを向ける。

「君からのチョコ、存分に堪能しなくちゃ、ね」

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