『フタバ・パレス』は何とか潜入ルートを確保できた。あとは予告状を出し、オタカラを具現化させればミッションコンプリートだ。それまでリーダーはいつものように入念な準備に帆走する。
やっぱり、声はかからなかった。
自分だけがこの間の約束に固執しているだけなのかと思うと、虚しくて、女々しくて、さらにイライラが募っていく。
凌一の心が知りたい。
どんな罵詈雑言が含まれていようが、本音を洗いざらいぶちまけて欲しい。そして、このおかしなイライラを鎮めて欲しい。
放課後は捕まらない。もう、そうだと悟った。
だから夜、ルブランが閉店した後を見計らって押し掛ける行動に出た。チャットを送ると同時に店の前で待機していれば、出迎えるしかないだろう。
「まさか、こんな時間に来るとは思わなかった……」
ほら、こんな風に。
「どうしても話、したくてさ。悪ぃな。……それと、できたらモルガナには席を外しておいて欲しいんだけど」
この間のことを気に留めてくれていたのか、モルガナは二つ返事で一階へと降りていった。すれ違う瞬間さりげなくこちらを見上げた青い瞳が応援しているように見えて、柄にもないと思いつつも心強く感じた。
「どうしたんだよ、竜司。なんか……怒ってる?」
「別に、怒ってねえよ」
冷静に落ちついて、と何度も繰り返し言い聞かせる。いつもの癖を出してしまえば会話が打ち切られてしまう。
あくまで目的は、凌一の本心を聞き出すこと。
「今度のパレスの準備、進んでんのか?」
「え? あ、まあ。お金稼げたから回復薬も揃えられたし、装備も新調できそうかな」
「道具、持ち運ぶの大変だろ? 俺なら手伝えるから、買いに行く時は声かけてくれよ」
凌一はどっちつかずの態度で返答を濁し、視線を泳がせた。
唇を噛みしめかけて、ゆっくり息を吐く。否定も肯定もしないのなら、するべきは理由の聞き出しに徹するのみだ。
「なあ、何で声かけてくれねえの? 別に買い出しくらい、一人でやらなくてもいいだろ。モルガナは猫だから荷物持ちもできねえしさ」
少しずつ距離を縮めていく。凌一が後ずさる先は、ベッドしかない。
「俺は……お前の、親友じゃ、ねえの? 俺じゃ、役に立たねえのか?」
親友なんて言葉、まさか直接口にする日が来るとは思わなかった。
そんな恥ずかしくて臭い言葉でも、こうして伝えなければきっと伝わらない。どうしても凌一に、この真剣さをわかってもらいたい。同じ思いで伝えて欲しい。
「親友、ね」
俯いた凌一が小さく呟く。
「じゃあ俺がどう思ってるか、竜司は知ってる?」
いまいち、理解ができない。
「俺がどう思ってて、そのせいで声をかけなかったり距離を置いたりしてるんだって考えたことは、ある?」
妙な緊張で、心臓がどくどくと音を立て始める。
多分、真実に一番近いことを凌一は暴露している。でも理解が追いつかない。凌一が「どう思って」いるのかが読めないから、想像すらもできなくてもどかしい。
「わからない? まあ、だよね」
「っう、わ!?」
急に身体のバランスが崩れて、前方に倒れそうになる。痛みではなく柔らかい感触が背中に走った時には、視界の先を凌一に支配されていた。
「な、なにすんだよ……」
最初は確かに追い詰めていた。
今は違う。ベッドに押し倒されて、感情の読めない笑みで見下ろされて、心臓を鷲掴まれたような圧迫感を覚えている。
「そんなに俺と過ごしたかった? 寂しかったんだ?」
胸の中心を改めて突かれ、つい顔を逸らしてしまう……が、すんでで止められる。
「逃げるなよ、竜司」
柔らかい、だが強制力のある言い回しが逃げ道を塞ぐ。
今、自分はどんな顔をしているんだろう。鏡があっても見たくない、男に不釣り合いな類であるのは想像に難くない。
「ふふ、すごく困った顔してる。やっぱり……かわいいな」
——耳を、疑った。喉の奥が変な音を立てる。
「な、に言ってんだよ!」
「やっと喋ったと思ったら、そんな確認?」
凌一は信じられないとでも言いたげだが、どこを探しても口にする人間など目の前の男以外にいない。
「竜司はかわいいよ」
唇の両端をさらに持ち上げて、親友のはずの彼は繰り返す。愛おしいものを眺めるような視線が苦しいのに、顎を掬い上げられているせいで逃げられない。
「猪突猛進なところも、仲間のために全力で怒れるところも」
……でも、本当は、心の底では、普段は見られない「顔」を自分が独占している事実に、喜びも感じている。
他の誰も、モルガナでさえも、きっと知らない。
「俺を庇ってくれるところも、自分に持ってないものを純粋に誉められるところも」
喜びを隠せないのは、この男に魅了されているからかも知れない。
凌一は間違いなく同性だし、普通なら気持ち悪いと嫌悪すべき場面なのにできないのはきっと、そういうこと。
……どうして。わからない。凌一をどういう目で見ているのか、わからなくなってきて、怖い。
「裏表がなくて素直な竜司が、かわいくて、好きだよ」
唇に、生温かい感触が触れている。この、感触は。初めてのこれは。
それに、とんでもない言葉を口走っていなかったか。
「っま、っん! ふ、ぁ!」
非現実的な出来事が一気に頭の中に流れ込んできて爆発寸前に追い込まれる。
口内に差し込まれた柔らかいものの正体を悟って、思考が白一色に塗り替えられた。
「はぁ……ほんと、かわいい。も、たまらない……!」
唇の角度を変えながら、凌一のなすがままに蹂躙される。少しでも自らの舌を逃がそうとすればあっさり捕まって、罰とばかりに嬲られる。苦しくなっても酸素が欲しくなるタイミングを絶妙に捉えて、キスは再開された。
「っふ、はぁ……あ、はっ……」
「ふ、ふ。竜司、目、赤くてとろとろだ」
目元に、慈しむようなキスが降る。
「そんなに気持ちよかった?」
首が上下に動く。プライドまで盗まれたのか、理性が消し飛んでしまっただけか、もうわからない。
凌一は満足げに笑みを深めて、身体全部を包み込んできた。伝わってくる心音の間隔が早いことに少し驚く。余裕綽々な態度がすべてだと思っていたから、なぜか安心してしまった。
「なあ、竜司。俺からのキスを素直に受けてくれたってことはさ……そういう意味で好きなんだって、受け止めていいってこと?」
わかりにくいこの男が、今は真逆だった。声は明らかな期待で溢れながらも、回された腕はおそらく恐怖と緊張で若干震えている。
やがて抱擁が解かれたと思ったら、凌一の拗ねた顔とご対面した。望む答えがいつまでも返ってこないことにご不満らしい。
もしここでキスを仕掛けたらどうなるだろう、という妄想がふとよぎるくらいには、頭のネジはだいぶぶっ飛んでいる。
「……しらねえよ」
「キス以上のこと、してもいいんだ?」
何だよ、どっちみち俺の気持ちはガン無視かよ。
自分以上にデキた男が、ベッドにみっともなく寝そべる男を手に入れようと必死になっている姿がだんだん面白く感じてきて、軽く吹き出してしまった。当然鋭い眼光が飛んでくる。
「こんな雰囲気で笑えるとか、ずいぶん余裕じゃないか?」
「お前は、余裕じゃなさそうだな」
仕返しが飛んでくる前に身体を起こす。リップ音とともに唇を解放すると、耳元に顔を寄せた。
「好きだよ。そういう意味で、好きになっちまったよ」
仲間にみっともなく嫉妬してしまった理由が、今ならわかる。
女に囲まれる凌一を想像して、変な気持ち悪さを覚えたのもわかる。
きっとあの頃から、心はすっかり盗まれてしまっていたんだ。
「じゃあ竜司、いいよね?」
危険な男と知りつつもうっかり身を任せてしまいそうな、底なし沼な色気を振りまく笑顔に流されかけて、慌てて距離を作る。そこまで覚悟はまだ決まっていないし、何よりもう一人の存在を忘れてやいないか!
「怖がらなくて大丈夫だって。俺、この日のために少しずつ勉強してきたんだ」
「んなもん予習すんな! てか寄るな、寄るなって」
もう大声出して助けを求めてもいいよね、と意識が傾きかけた瞬間、救いの神がようやく現れた――。
「ようやく竜司と結ばれたのに、モルガナの馬鹿!」
「馬鹿ってゆーな! ってかワガハイを忘れるなこのイロボケ!」
さっきの男と同一人物とは思えない言動を取る凌一に、呆れながらも可愛く見ている自分がいた。恋愛の力とはかくも恐ろしい。
「いいか、一緒に寝るだけにしとけよ。ワガハイにもゴシュジンにもメーワクはかけるな、わかったな」
ご主人、の部分が特に効いたのか、ようやく凌一は大人しくなった。
相当眠かったらしいモルガナは落ち着いたらすぐに眠ってしまった。ソファで丸くなったのは気遣いのつもりなのだろうが、正直入れ替わって欲しい。……緊張で、絶対眠れない。
それでも凌一の笑顔には勝てず、背中を向けたままおずおずとベッドに潜り込むとすぐさま腰に腕を回された。心臓が跳ねすぎて吐きそうだ。
「お、お前さ。もし俺が拒否りまくったらどうするつもりだったんだよ」
いやでもわかる甘い空気を振り払うように、ぱっと思いついた疑問を口にする。
「……竜司。俺はね、もう無駄に後悔する真似だけはしたくないんだ」
抱きしめる腕の力が増した気がした。
「だから、ここで竜司が認めなかったとしても、絶対に落としてみせた」
静かな、だが確固たる意志が込められた声音に、息が詰まる。
「絶対、竜司の心を盗んでやるって決めてたかな」
遅かれ早かれ、盗まれる結果は変わらなかったんだな。
唇が思わず緩んでしまった。多分、呆れたように笑っているのだと思う。
「ほんと、欲張りな怪盗サマだぜ」
身を捩って凌一と向かい合わせになる。そのまま流れるようにキスを与えて、就寝前の言葉を呟き、固く目を閉じた。
