「博士、灰原、来て……っ!?」
木製のドアを開けて現れた目的の少年は、こちらを振り向いた瞬間見事に固まった。
「二人じゃなくて申し訳ないね、名探偵くん?」
「な、なんで……」
「さて、どうしてだろうな?」
赤井の得意げな物言いは非常に癪に触るが、今は気に留めていられない。一番大事な目的を遂行しなければならない。
黒ずくめの組織は壊滅した。
壊滅に近い状態に追い込んだ、という表現が正しいだろうが、組織のトップやジンなど有能な側近の死は急所を狙われたも同然だ。
一番の功労者は間違いなく江戸川コナンだろう。彼の頭脳がなければここまで追い込めはしなかった。
共通の目的がなくなっても、つながりを持ち続けるつもりでいた。コナンが工藤新一であるという真実に自ら辿り着いた時も、すべてが終わった後に江戸川コナンとして別れの挨拶に来た時も、得た絆を断ち切るつもりはなかった。
だが、彼はいなくなってしまった。
何の前触れもなく、最初から存在していなかったかのように痕跡を消してしまった。
――大人を、十七歳の少年に本気になった大人を舐めてもらっては困る。
その感情に突き動かされるかたちでありとあらゆる方法で情報を集めた結果が、これだ。
「阿笠さんも宮野さんもなかなか尻尾を出さないから苦労したよ。君のご両親は言わずもがなだ」
自分より親しい赤井ですら同じざまだったというのだから驚きだ。いや、ここは優秀と評判のFBIが形無しだな、と吐き捨てるべきか。
身体が小さいままの新一は逃げるのを諦めたのか、近くのソファーに力なく座り込んだ。赤井に軽く目配せをして、新一を挟む形でそれぞれ両隣に腰を下ろす。
「……こんなことしなくても逃げないよ、もう」
「いや? ボウヤは意外と曲者だからな。念のためさ」
「っていうか、どうして一緒に行動してるの? 仲直りしたの」
「気持ち悪いことを言わないでほしいな。今回だけだ。君に詳しい話を聞くために、ね」
頬を掴んで振り向かせると、生き生きと輝いていることが多いスカイブルーはすっかり陰っていた。
「どうして、俺たちの前から黙って姿を消した?」
納得する答えをもらえるまで絶対に帰ってやらないし、逃がすつもりもない。
「俺は、君と少なからず信頼関係を築けていると思っていたんだ。でも……それは自惚れだったみたいだね」
信頼されていると思った人間が、何の相談もなしに消える。
どれだけ衝撃を受けたと思う。探しながらも望まない真実が待ち受けていたらと怯えたと思う。きっと彼にはわからない。
「ボウヤは俺たちを弄びたかったのか?」
正面に回り、片膝をついた赤井が新一をまっすぐ見つめる。顔に出ていないだけで、この男もだいぶ怒っている。それだけ新一に本気なのだ。
「そうだとしたら、さぞ愉快だったろうね」
乗ってやることが、自分にとっても有利と判断した。
「ち、がうよ!」
自分の手を振り払うようにかぶりを振って、新一が叫んだ。膝を抱えてうつむく。
「違う、そうじゃない……二人をからかうなんて、そんなつもりじゃない……」
「なら、どういう理由だったのか教えてくれ」
赤井の手が新一の頭をゆるく撫でる。振り払ってやりたいところだが、気持ちを落ち着かせるためには仕方ないと必死に堪える。
「何が原因でボウヤをそうさせた? どうして俺たちに何も言ってくれなかったんだ?」
持ち上がった新一の瞳が、自分と赤井をそれぞれ映した。幾度も迷うように唇を上下させる。
「……二人は、さ。工藤新一じゃなくて、江戸川コナンが大事でしょ?」
思いもよらない言葉だった。
「オレ、二人から告白してもらって……ほんとは、嬉しかったんだ」
コナンとして挨拶に来てくれた日、ついしてしまった告白を彼は嫌がらなかった。それだけでも嬉しかったのに、時間がほしいとまで願い出てくれた。……浮かれた気分が、赤井にも同じ答えを返していたと知ってだいぶ下がったのは内緒だ。
「でも、オレの正体知ってるってわかってても、やっぱりコナンのほうがいいんじゃないかって思ったら……怖くなって、それで」
「逃げた、って?」
赤井の隣に跪いて顔をのぞき込むと、怯えたように息を詰まらせた。
全く、やっぱり信じていなかったんじゃないか。
「君に俺の気持ちがこれっぽっちも伝わっていなかったんだなって、こっちもショックだよ」
「俺もだ」
膝を抱えたままの手に、そっと触れる。
「それなら、どうすれば君は信じてくれる?」
予想外の言葉だったのだろう、瞬きが多くなる。
「小学生でも高校生でも関係ないんだって、どうしたら信じてもらえるんだい?」
「そ、んなの……わかんない」
「言葉で駄目なら、態度しかないかな?」
片手を取り、甲に唇を押しつけた。
「ふ、ふるやさん!?」
「なるほど、態度か。それは名案だな」
小さく笑った赤井が、空いた手に同じく唇を落とす。
「あ、あかいさんまで……!」
これで伝わらないなら、もっと愛情表現をしてあげないといけない。さて、どうしようか?
唇と身体を震わせていた新一はやがてがっくりとうなだれて、何かを呟いた。
「もう、二人には敵わないよ……。でも、そんな二人だから、オレは……」
耳をすませてみれば、今までの憂鬱を吹き飛ばすような言葉が聞こえてきたのだった。
「なんて流れに持っていきたいので、よろしくお願いしますね赤井」
「それは願ったり叶ったりだが……果たしてそううまくいくかな?」
「弱気になってどうするんです。それに、しょせん彼は子どもですよ?」
大人を怒らせたらどうなるか、身を持って知ってもらわないと。
気持ちを改めて、解毒剤が完成するまでの隠れ家だと突き止めた家の門をくぐった。
