お題:痴話喧嘩+おまけ - 1/2

「もー、聞いてくださいよ」
「ということは、また赤井がらみかい?」
「……さすが。ふる、安室さんに嘘はつけませんね」
 頬を指先で掻きながら小さく苦笑する新一は、相変わらず残酷なほどにかわいい。思わず浮かんだ苛立ちを、呆れを装ったため息で逃がす。
「ポアロに来るなり目の前にどっかり座って、ホットコーヒー注文する時はだいたいそうだって、いい加減学んだよ」
「げ、そうでした? うわ、全然無意識だった」
 こういうことをさらっと言ってしまえるところが、本当にずるいと思う。つまり甘えている証とも受け取れるのだが、全然自覚はなさそうだ。
「それで? どうせ僕からしたら『ごちそうさま』って言いたくなるような理由で喧嘩したんだろ?」
「そんなんじゃないですよ! ……まあ、安室さんからすればそうなのかもしんねーけど」
 マスターは私用で出かけていて、梓は休暇を取っている。カウンター席には他に客がいないし、テーブル席には少しいるが各々の時間をゆったり楽しんでいる。だからか、新一の反応はずいぶん素直だった。
 コーヒーを一口飲んだ新一は、ふうと息を吐き出した。
「わかってるんです。オレは大学生になってちょっと大人になったつもりでいるけど、赤井さんから見たらまだまだガキだって。でも、」
「少しは認めてほしいとか?」
 気持ちを代弁すると、青の双眸が大きく開かれた。
 多分、どちらの気持ちもわかる。絶対口にしたくはないが、赤井はなんでもできる頼りがいのある奴だ。だから新一としては少しでも追いつきたい、あわよくば肩を並べられるような存在になりたいと思っている。その願望が時に焦りとして表に出てきてしまうのだろう。若者ならありがちな、覚えのある感情だ。
 赤井としては認める認めない、そんなところじゃない。頑張り屋の恋人がただ可愛くて仕方ない。つい、少しだけからかいたくもなってしまう。どうせこんなところだろう。……自分に、置き換えれば簡単にわかる。
「君は今のままで、そのまま毎日を過ごしていればいいと思うよ」
 疑いの色が加わった。
「君の夢のための勉強を今まで通り頑張って、赤井も定期的に構ってやってればいいんだよ」
 思わず、といった様子で小さく吹き出した。
「構ってやって、って」
「あいつだってガキみたいな理由で拗ねているに違いないさ。新一君とのスキンシップが少ないとかなんとか」
「いやー、まさかそん……」
 言葉がぴたりと途切れた。どこか呆れたような表情に変わり、二人のプライベートが垣間見えた気がして思わず視線を外す。
「わかったら、早くあいつのところに行ってご機嫌伺ってきなよ。馬鹿みたいに喜ぶんじゃない?」
 突き放すような言い方になってしまったかもしれない。情けないが、これ以上二人の惚気に付き合う気力はなかった。
「コーヒー飲んだら、仕方ないけど行ってやりますよ」
 改めて顔を上げた新一の、どこか気の抜けた笑顔はたまらない魅力にあふれていた。コナン時代から考えると、ここまで心を許してくれて感慨深いけれど、今はただ、苦しい。
「……それにしても、僕に赤井との相談持ちかけるなんて、新一君もいじわるだよね」
 苦しくて、ついこんな憎まれ口を叩いてしまった。子どもじゃないか。
「今さらですね」
 さすがに違和感を覚えたようだが、突っ込んではこなかった。
「だって、こういう話ができるの安室さんしかいないんですもん。世良……赤井さんの妹にはしづらいし、宮野にはくだらないって一蹴されちゃうし」
 宮野志保のように突っぱねるまではいかないまでも、やんわりと躱し続けていたらここまで複雑な気持ちは育たなかったかもしれない。
 わかっている。単なる甘さだ。少しでも新一との接点を持ちたい、彼にとって頼れる兄のような存在でいたいと願ってしまったツケが回ってきたのだ。
「わかってます、相当甘えてます。安室さんとしてここにいてくれるから、つい。ちょっと大人になったつもりとか言うなら、頼ってばかりじゃダメですよね」
 困ったように笑いながらも、完全に断ち切れないという思いが透けて見える。
 種類は違えど、似た者同士ということか。
「……まあ、僕がここにいる限りは頼れるお兄さんでいてあげるよ」
 ああ、やっぱり甘い。この甘さ、いつまで通用するんだろう。
 最後の一口を飲み干した新一は、財布を取り出しながらそういえば、と言葉を綴った。
「安室さん、いつまでポアロのバイトやってるんですか? オレはおいしいコーヒー飲めるし、料理も食えるから全然いいんですけど」
 絶妙なタイミングで新一のスマホが鳴った。画面を見た反応で、相手がすぐわかった。
 ゆらゆらと手を振って新一を送り出した瞬間、思わず苦笑がこぼれる。

 ――ここに未だ留まっている理由が、本来の立場とか関係なしに、君と会えるから。なるべく、君に会いたいから。なんて告白したら、どんな顔をしてくれるかな?

 甘すぎてどうしようもないほど、あの子を諦められない。