*以下、おまけです*
店に入ってきた長身を見た瞬間、接客用の笑顔を作る気はきれいに失せた。
「ずいぶんな態度だな、安室くん」
「あなた相手に振りまく愛想は残念ながら欠片も残っていませんよ」
こちらの嫌悪感に構うことなく、赤井はカウンター席に座ってホットコーヒーを注文してくる。運悪く梓は他の客を相手にしているから、仕方なく用意してやった。
ひとつ口に運んで、満足そうな微笑を浮かべる赤井に苛立ちは募るばかりだが、仮にもポアロの店員として、作るものだけはおざなりにしたくなかった。癪だが。
「それで? どうせくだらない話でもしに来たんでしょう?」
「ホー、まるで内容をわかっているかのような口ぶりだな」
「わざわざお前の浮かれた姿を見せつけられる僕の身にもなってください」
午後は絶賛片想い中の大学生、夜は憎しみの消えないライバル。感情の振り幅が大きすぎる。
「新一が、やけに俺のことを寂しがり屋とでも言いたげな態度で接してきたから、絶対君の入れ知恵だと思ったんだ」
「へえ、よかったじゃありませんか。かわいいかわいい恋人がたくさん構ってくれるようになって」
赤井はどことなく複雑な顔をしている。
どうせ「自分の助言で可愛い態度に出てくれた」ことが気に入らないのだ。ざまあみろ、と心の中で思いきり吐き捨ててやる。
二、三度カップを傾けて、赤井はわずかに口端を持ち上げた。
「確かに、とても可愛かった。恥じらいながら『オレだって、もっと一緒にくっついてたいんだからな』と抱きついてきた時は我慢なんてできなかった」
大人気ないと思うかもしれない。けれど、今すぐ殴りかかりたいくらいには、頭が瞬間的に熱くなった。懸命に今現在立っている場所を思い返して鎮めていく。
赤井は確実に、自分の秘めた想いに気づいている。気づいていて、こうして釘を差してくるのだ。
渦中の人間だけが、なにも知らない。
無邪気に、周りを振り回している。
「新一君の真似、全然似てませんよ。それでも恋人ですか?」
「確かに、あの愛らしさは誰にも真似できないな」
まるでくだらない水掛け論だ。ちょうど梓から空いた食器が運ばれてきたので、無理やり洗い物に意識を移す。
どうせなら新一には赤井と共にアメリカにでも永住してもらいたい、と考えてしまった。簡単に会えない距離にいてくれればそのうち風化していくだろう。
……でも、あのきれいな青い瞳をさらに輝かせて事件の謎を解く姿を、この先も見ていたいという願望も、恋愛感情関係なしにあったりする。堂々と隣に立つことは難しくとも、共にこの日本を守ってほしいという期待もある。
風見もこぼしていたが、公安にスカウトしたいくらい実力も度胸も申し分ないほどなのだから。
――ここまで入れ込んでしまって、後戻りできない自覚もしっかりあって、本当にどうしようもない。
ふと視線を感じて首を持ち上げると、赤井に観察されていた。相変わらずの能面かと思いきや、若干目元が緩んでいる。笑われている。
「君は相変わらず、新一のことを考えているとわかりやすい」
いちいち突っ込まないでほしい。
「本当なら、新一のことは諦めろと脅迫してでも納得させるところなんだが」
「警察沙汰にでもなったら、新一君は僕が問答無用で引き取りますから」
「新一は君を慕っているし、俺も心の底から嫌悪しているわけではないから、そういう手段に出られないのがもどかしいところだ」
そのまま会計を済ませ、扉の向こうに消えていく赤井を呆然と見つめる。嫌悪してくれてたほうが何倍もありがたいのに、どんな寝言だ。
――強硬手段に出られたとしても、それであっさり捨てられるほど、この気持ちは安くない。だから、こんなにもがいているんじゃないか。
空の白いカップを回収すると、普段の倍の時間をかけて洗ってやった。
