智勇Ver

 思いきり開けたい衝動を一瞬こらえて、目の前の重厚な扉を二度ノックしてからゆっくりと押していく。
「……トモ」
「勇気。大丈夫か?」
 仕事中の智友に気遣いの言葉をかけさせてしまった上に邪魔までしてしまい、申し訳なさが募っていく。まともに顔が見られない。
「ほんとありがとう。でも、ごめんな。邪魔しちゃって」
「気にすんなって。俺もちょうどお前に電話しようと思ってたんだよ。やっぱり心配でさ」
 放課後はどうしても外せない仕事があるから守ってやれないと、苦い顔つきになっていた智友を送り出したのは自分なのに、結局縋ってしまった。智友しか知らない、理事長室への裏口ルートを教えてもらっていなければとっくに捕獲されていた。
 それだけ、本命チョコの争奪戦とやらは白熱している。ジョーカーの「ご褒美」効果もあるのだろうが、本気すぎて戦慄しか覚えない。
 立ち上がってこちらに歩み寄った智友は、少し呆れたように肩をすくめてみせた。
「全く、お前がご丁寧にチョコやるからこんな事態になったんだぞ」
「だ、だって、あんなにしつこくねだられたら断るのも大変だろ」
「俺がその場にいたのに?」
 それを言われると何も返せない。ああ、智友は最高に面白くない気持ちでいるのだろう。
 少し考えれば至極当たり前のことだった。自分だって、たとえ義理でも智友が誰かにチョコをあげたり、あるいは受け取ったりする姿は見たくない。
「……トモ、ごめん。本当にごめん。本命チョコあげるから、これで許して」
 絶対に離すまいと、リュックのように背負っていたカバンを下ろして丁寧にラッピングした箱を取り出す。園田と取引をして数日前からこっそり練習に励んでいた成果を、ようやく見せられる時が来た。
「……手作り?」
 眉尻を少しだけ上げて、智友は静かに尋ねてくる。
「う、うん」
「園田さんに教わったのか?」
「う、うん。だって、すっごくおいしいのあげたかったから。あ、ドラちゃんにも手伝ってもらったよ」
 二人きりになるのは、園田にその気がないと知ってはいても智友に申し訳ないと思ってしまいそうだったから、ラージェンドラに頼んでキッチンを貸してもらっていた。
「……二人きりじゃ、なかったのか」
 智友としては意外だったらしい。頷くと、緩く抱き寄せられた。
「俺の嫉妬もやっと役立つ時が来たんだなー。長かった長かった」
「なんだよ、それ」
「それだけ勇気は危なっかしいってこと」
 普段から、お前は本当に人気者だの生徒会の二人だけでなくジョーカーにも気に入られているだの言われているから、意味は理解できてもすんなり納得はできない。実感が全くないのに、どう飲み込めというのか。
 向かい合った先の智友は小さな溜め息とともに苦笑を浮かべたが、何かを思い出したように短く声を上げた。
「そういえば、俺からもチョコあるんだ」
 智友は控室のソファに並んで座るよう促すと、置かれたカバンから茶色の紙袋を取り出した。袋の上部にこげ茶のリボンがあしらわれ、正面の右下に店のロゴマークが印刷されただけのシンプルなデザインをしている。
 そのロゴをどこかで見た気がして、懸命に記憶を探るがなかなか出てこない。
「開けてもいいぞ。お前、絶対喜ぶはずだから」
 やけに自信満々な物言いに首をかしげながら、ゆっくりと封を開ける。
「こ、これ……!」
 キャンディ状にラッピングされた包み達を見て、やっと正解を引き抜けた。けれど、それは確か……。
「この間おいしそうってヨダレ垂らしそうにしてたろ。覚えてたから買ってきた」
 この間――一ヶ月以上も前なのに、まるで数日前のことのように智友は話してきた。
 身体が震えそうになる。智友に敵わないと思うのはこんな時だ。いつも、自分でも忘れているような細かい部分を覚えてくれていて、想像もしない形で目の前に差し出してくれる。
「ありがとう、トモ……俺、すっごく嬉しい……!」
「食べてもいいんだぞ?」
「ほ、ほんと? じゃあ」
 一粒ずつキャンディ風にラッピングされた包みを解こうとして、途中で止められた。訝しげに智友を見返すと、その顔はやけににやついている。
「せっかくだ。俺が食べさせてやるよ」
 断る暇も与えずにチョコを奪い取り、自らの口に咥える。
「え、っんん!?」
 開いた口内に、チョコの塊が押し入ってくる。熱くてぬるりとしたものも同時に滑り込んできて、舐めるように蠢き出す。
「ふ、うんっ……は、ぁ……」
 愛撫をただ黙って受け入れてしまう。チョコの甘さとなぞる動きに目の前がくらくらして、否応なしに熱が集まっていく。
 唇が解放された瞬間、表面をひと舐めされて背中が甘く痺れた。
「すごく、甘いな」
 自らの唇に舌を這わせる仕草がたまらなく色っぽくて、目が離せない。
「勇気、どうだった? チョコ。うまかった?」
「そんなの、わかんなかったよ……」
「ふうん」
 確信犯のくせに、白々しい。でも、構わない。
 今は、もっと。
「なあ、お前のチョコも食べたい。……食わせてくれる?」
 額をくっつけながら猫のように見つめられて、首がかすかに上下する。
 熱に支配された頭からは、恥じらいは消えていた。
 トリュフを一粒咥えると、心臓が壊れそうなほどに高鳴り始めた。喉の震えが、そのまま呼吸にも伝染する。
 とても、いけないことをしているような気分だ。それが……こんなにも、興奮する。
「あ、ふ……んっ……」
 甘い。甘い以外の感想が浮かばない。脳までもをどろどろに溶かして、智友しか感じられない身体になってしまったような錯覚に陥る。
「勇気……チョコ、もう一個」
「うん……いいよ、あげる……」
 ぴちゃぴちゃと、舌を絡める音がたまらなくいやらしい。もはやチョコが完全に溶けきってもかまわず、夢中で甘い吐息と唾液を味わう。
 ようやく離れた時には、全身の力を余すところなく吸い取られていた。
「勇気」
 耳に注がれる智友のかすれた低い声は、麻薬のように一度味わったら手放せない。
 こんな状態の時は、なおさら。
「すごく欲しがってる顔してるの、わかるか?」
 言わないで。
 心の中を、暴かないで。
 内心とは裏腹に、自らの両手は智友の身体を引き寄せる。
「もっと甘いもの、お前にやるから。ちゃんと受け取ってくれよ?」
 笑い混じりの台詞とともにネクタイを外されて、肯定の証にゆっくりと瞳を閉じた。

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