互いが暇な時の休日は、大抵学園の外へ遊びに出かけている。というよりも、恋人である勇気に半ば強制的に引っ張り出されるといった方が正しい。
勇気と一緒にいられるのは、どんな形であれ幸せで贅沢な時間だから出かけるのは何ら構わないのだが、たまには部屋でのんびりと、欲を言えば甘々な時間を過ごしたい。
「勇気、たまには部屋で過ごさないか? 外に出かけるのもいいけど、部屋デートってやつも堪能したい」
「あ、じゃあ俺が好きな映画見ようぜ。トモと見たいなって思ってたのがあったんだ! 俺の部屋で見る?」
「サンキュー。俺はどっちでもかまわないよ」
こちらの提案をあっさり受諾してくれただけでなく、勇気が好きなものを一緒に味わえる喜びを、その時は嬉しく思っていた。
「くー! やっぱこの主人公の格好よさはシリーズ重ねても変わらないな~!」
最初は隣に大人しく腰掛けていた勇気は、身を乗り出して握り拳まで作っている。すっかり映画の世界に入り込んでいた。
確かにこの映画は面白い。男だからスリリングなアクションシーンには興奮するし、続き物ながら初見の人間にも入り込みやすい雰囲気もある。「これ三巻ってなってるけど、シリーズで一番面白いんだ!」と力説していた勇気の選択は決して間違っていなかった。
それでも、デートというより友達同士で遊んでいるようにしか思えないのは気のせいだろうか。
別に不満だらけなわけではない。無邪気にはしゃいでいる勇気はとっても可愛いし、語った通り映画も面白い。勇気と好きなものを共有できたことで、新作が公開された暁には映画館へ、というデートの架け橋もできた。
ただ、もう少し恋人らしい空気を堪能したいと思うのは……わがままだろうか。
物語はクライマックスを迎えていた。一作目の時にできたらしい恋人と、敵の本拠地に赴く前夜のシーンが画面に描かれる。
ヒロインを優しく抱き寄せた主人公は、耳朶に触れながら言葉を送る。どんなことがあっても恋人を守り二人で生きて戻ろうという、固い誓いだった。
思わず聞き入ってしまうほどにその声音は熱く、深い愛に満ちていた。
「前作より、主人公彼女のこと大好きになってるんだよな~! 台詞が情熱的だもん。ちょっと恥ずかしくなるくらい」
頬を掻く勇気の顔は、薄い赤が差している。
「ヒロインの方から主人公に告白したのか?」
「うん。彼女、敵にやられそうになってたところを主人公が助けたんだよ。そこで一目惚れしたらしくて、無理やりくっついていってさ。で、ラストに好きだって告白! あのシーンはかっこよかった~」
相槌を打ちながら画面に視線を戻す。一時的なアジトとして利用している廃屋で、二人は口づけをしながらベッドに倒れ込んだ。ヒロインの吐息がかすかに溢れる中、画面は暗転した。
「さ、さすがに恥ずかしいな、ハハッ」
再び勇気に視線を移すと、ばっちり目線が絡んだ。より赤みの増した顔に、期待が頭をもたげる。
自分がいじけて勘違いをしていただけで、勇気は最初から丸々「デート」のつもりでこの時間を楽しんでくれていた。ラブシーンで意識してこちらを見つめていたのが、何よりの証拠だ。
勇気は落ち着きなく視線を彷徨わせ、とりあえずというように口を開いた。
「ほ、ほんとさっきの主人公の台詞、カッコイイよな。自信に満ちてて、迷いなしって感じだったし」
「ふーん。憧れるとか?」
「そりゃあね。あんな向かうところ敵なしみたいな男にはなれないってわかってるけど、憧れるは憧れるよ」
どんな姿形でも勇気は勇気だし、愛せる自信はあるが、正直このままでいて欲しい。素直に口にしたら拗ねられそうなので黙っておく。
「トモはどうなんだ? ああいう主人公って憧れる?」
「んー、そうでもないな。俺ってひっそり暮らしたい派だし」
一瞬呆れた勇気だが、すぐに笑いへと変わった。
「派ってなんだよ……でもそうだな、その方がトモらしくてむしろ安心するかも。さっきみたいな台詞も、言われたら戸惑いそう」
男としてのプライドに、若干喧嘩を売られた気がした。
大体、自分だってあの主人公に負けないくらいの愛情を勇気に向けているというのに。
「なら、今から試してみるか?」
「へ?」
左の頬に手を添えて、主人公になったつもりで勇気を捉える。
意図を察した途端、林檎のような顔色になる様子に微笑ましく感じながらも、距離を縮めてゆっくり口を開いた。
「お前のことは、絶対に死なせない。何があっても守り抜いてみせる。俺のすべてを賭けても」
翡翠の瞳が一瞬見開かれ、わずかに細められる。
しょせんは映画の真似事でも、自分にとっては、恋人同士になってから心の端に抱き続けてきた誓いでもあった。
もう、勇気のいない世界など耐えられない。隣にいてくれて、呼びかければ笑い返してくれて、キスを送れば恍惚した顔で甘えたように擦り寄ってくる。そんな日常がなくなるなんて、死んでいると同等だ。
だから心身を賭して勇気を守る。守って死ねるならむしろ本望。そんな気持ちでいる。
「……いやだ」
映画とは逆の答えを受けて、間抜けな声が漏れた。
「お前、俺をかばって死ぬみたいな言い方するんだもん。そんなのいやだし、望んでないからな」
勇気はいつも、簡単に心の中を見抜いてしまう。
「別にそんなつもりじゃ」
反射的に否定を口にしても、やっぱり効果はなかった。頬にあった手を押しのけて、両眉を釣り上げてくる。
「声がマジだったぞ。お前が死んだら俺も死ぬからな」
「それじゃ、俺が守った意味ないじゃないか」
「だから、死ぬなってこと! それに、黙って守られてるだけももちろん却下。俺だって、お前のこと守りたいんだから」
手を硬く握りしめながら告げる勇気からは、普段の可愛さは鳴りを潜めていた。それでも心臓は大きく高鳴る。
「……まるで、死ぬ時は一緒みたいな言い方だな」
「もちろん、そのつもりだよ」
まさかの予想が当たってうろたえてしまう。今日の勇気はとことん男らしい。
「トモさ、お前の方が俺のこと好きとか思ってるっぽいけど、俺だって同じくらい好きなんだぞ。ちゃんとわかってるのか?」
「あ、ああ……一応」
勢いに押された形で、ついはっきりしない答えを返したら案の定、勇気は唇を尖らせてしまった。
「ぜーったいわかってない。好きじゃなかったらキスだって許さないし、あ……あんな、えろいことだって許さないし!」
途端に可愛さが舞い戻ってきて、本当に感情の振り幅が激しい恋人だなとつい口元が緩みそうになる。
そうだ。勇気は可愛いだけじゃない。一度決めたら貫き通す意志の強さや芯の太さを持ち、相手の立場に身を置いて心ごと寄り添ってくれる優しさもある。
確かに、なくしたくない。誰のものにもさせられない。
勇気のすべてを堪能できるのは、後にも先にも自分ひとりだけ。
俯いて、盛大な溜め息を漏らす。そうでもしないと、押しつぶされてしまいそうだった。
「どっ、どうしたんだトモ!?」
「もう俺、お前好きすぎてつらい」
動揺と羞恥が混じった驚き声を受けて、顔を上げる。可愛さだけに染まった恋人を抱き寄せながら軽く口付ける。
「なんかあっても、お前となら絶対乗り越えられるって思えるよ。本当に」
「……だろ? なんたって、運のよさは折り紙つきだし」
「だな。お前は最強のエースだったって、忘れてた」
笑い合って、またキスを交わす。今度は緩く舌を絡めた、気を抜くと意識までとろけてしまいそうだ。
勇気はいつもうまくてずるいと膨れるが、勇気も大概だと思う。……こんなに甘くて、理性が簡単に飛びそうになるほど夢中になってしまうキスは知らない。
流れ込んでくる勇気の声が、吐息が、舌の熱と柔らかさがそうさせるなんて知ったら、どんな顔をするだろう。
「トモ……」
解放した時には、キスの先を待ち望む勇気の顔があった。甘えたように頬をすり寄せてくる姿は、何度見ても可愛い。つい、いたずらしたくなるほどに。
「映画、もういいのか?」
「っい、いいよ! 今は……っ」
「そんなに待ちきれない?」
「こ、こういう時に意地悪すんなよ……!」
瞳がゆらりと揺れた。これ以上は機嫌を損ねてしまうと、唇をひと舐めしてベッドに押し倒す。
テレビから聞こえてきた、恋人を呼ぶ主人公の声は、これ以上ない愛しさに染まっていた。
