策士の気ままな戯れ - 1/2

「ア、アルフォンス! ちょうどいいところに!」
 鍛錬から戻る途中、慌てた様子で召喚士――エクラが走ってきた。
「ど、どうしたんだいエクラ」
 どちらかというと落ち着いていることが多い彼にしては珍しい。本拠点の外に出る際必ず目深に装着する頭巾は全くの意味をなしていないし――途中で脱げたとも取れるが――、例えば敵襲時のような緊迫感は伝わってこない。一瞬頭をよぎった最悪の展開は捨てて問いかけると、また慌てて首を振った。
「詳細は後で話すからクロードさんが来たら見なかったって誤魔化して! 頼んだよ!」
 軍師にしては素早い足さばきで近くの部屋に滑り込んだ。戦闘能力はなくとも護身術程度の実力はつけておきたいと直訴してきてから、ヴァイス・ブレイヴの人間や他の英雄たちが空き時間を利用して稽古をつけている。その成果の賜物だとも、それだけ切羽詰まっているとも言える。
「よう、アルフォンス王子。鍛錬の帰りか?」
 呆然としている間に、件の人物がやってきた。
「あ、ああ。クロードは?」
「さっきまでエクラと話してたんだけど、逃げられちまってね。やたらおびえられちまって、いや困った困った」
 口調とは裏腹にどこか楽しそうにも見える異世界の王は、軽く周辺を見回した。
「エクラ見なかったか? こっちの方に来たと思うんだけど」
「いや、僕は今ここを通ったばかりで……ところで、エクラが逃げ出すなんてよほどのことだと思うんだけど、一体何を?」
 他の英雄に負けず劣らずの武力に加え、策略を巡らすのも得意でありながら一見すると目立たない。敢えてそう振る舞っていると気づいたのはエクラの優れた観察眼のおかげだった。
 ゆえに、英雄としては他の者と同じく頼りになるものの、どことなく油断ならない。それがクロードに対する印象だった。
「いや? エクラに俺の祖国の話をしていただけさ」
「祖国……確かパルミラだったね。それだけで?」
「まあ、世間話じゃなく売り込みをかけていたという方が正しいか。エクラにはぜひ、俺のところに来てもらいたいと思っていてね」
 ああ、何となく合点がいった。
 アスク王国の情勢は未だに不安定で、エクラを始めとした英雄たちを帰してやれる状態にはない。いずれやってくるその時までに、クロードはエクラを説得しようと目論んでいるわけだ。目的を果たすためには手段を選ばなそうだから、うまく切り返しができないと逃げ出したくなるのもわかる。
「いつまでここにいられるかわからないから、らしくなく焦っちまったかもな。ちょっと攻め方を変えるかね」
「……エクラも、異世界の人間だ。帰る場所があるのに、無視するような真似はやめた方が」
 無益な張り合いとわかっていても、口にせずにはいられなかった。
 頭の後ろで手を組み思考を巡らせていたクロードが、こちらをにやりと見やる。
「腹ん中は全然納得してなさそうだけど? お前さんがあの召喚師殿に執着してんのはわかってんだぜ」
 心に秘めた想いを見透かした上での発言だった。
「今は元の世界に帰りたいかもしれない。でも、未来は誰にもわからないんだ。アスクに残る可能性だってなきにしもあらずだろ?」
 それは単にわがままを押し通して迎える未来に思えてならない。……本当に、エクラが心からそう願ってくれたら、神に与えられた奇跡だと歓喜してしまうだろうが。
「もたもたしてたら他人にかっさらわれた、なんて真似はごめんだからね。ま、せいぜい足掻いてみせるさ」
 ひらひらと手を振りながら去って行く背中を悔しさ混じりに見つめる。
(わかってる。エクラはこの世界の人間にも英雄にも愛されている存在だ。でも……)
 渡したくない。たとえ傲慢とわかっていても、エクラの隣は自分だけが占有していたい。
「……エクラ、出ておいで。クロードはいなくなったよ」
 扉を軽く叩いて告げると、ゆっくりとエクラが顔を出した。軽く左右を確認してから、ようやく姿を現す。
「ふう、助かったよ。クロードさんに話聞いたかもしれないけど、前から何度かスカウト……クロードさんの世界に来ないかって誘いを受けてて。おれじゃ役に立たないと思うし、荷が重すぎるからって何度も言ったんだけど過小評価しすぎだって納得してもらえなくて……アルフォンス?」
 顔を覗き込まれてとっさに笑顔を繕ったが、うまくできただろうか。時々距離感が近くて、困ったことに無意識だから正直心臓がもたない。
「クロードが君を連れ帰ろうとしてるのは許せないけど、過小評価しすぎってところだけは同意かな。君のおかげで僕たちは安心して戦えているんだから」
「そ、それはたまたまっていうか。おれ、元の世界じゃ単なる一般人だよ?」
「たまたまでも才能が開花したんだからやっぱり過小評価しすぎ。……僕は、本当に頼りにしてるんだよ。君がいないなんて、今はもう考えられないくらい」
 わずかに目を見開いたエクラの唇が、綺麗な三日月を描く。
「……うん、ありがとう。おれも、アルフォンスがいてくれるから安心して指揮に専念できてるよ。シャロンやアンナ隊長たちももちろんすごく頼りにさせてもらってるけど、君が隣にいると、なんていうのかな……」
「僕もそうだけど、背中を預けられるとか?」
「うん、そうだね。それが近いかも」
 言葉の真意は理解されていなくても、この笑顔が見られただけで今はいい。
「それにしても、クロードさん諦め悪いの、地味に困るなぁ。さっきもそうだったんだけど口車にうっかり乗せられそうで怖いというか……」
 さすが一国の主なだけある、といったところか。
「うーん、僕としても大切な君をとられるわけにはいかないから……どうしたものかな」
「なにそれ、まるで恋人相手に言ってるみたい」
 もしそのつもりだと告白したら、君は果たして受け入れてくれる?
 ――うっすらと頬を染めているエクラを前に、つい馬鹿なことを考えてしまった。対策を考えよう。クロードの弱点となりそうなものはあっただろうか。
「……あ」
「アルフォンス?」
「エクラ。君のおかげでなんとかなるかもしれないよ」
 クロードと真正面から勝負できる英雄がいたじゃないか。