「クロード」
「あれ、先生。今日畑当番だったっけ?」
「エクラに代役を頼まれたんだ。どうも急用ができたらしくてね」
「なるほど? 相変わらず、召喚師殿も多忙だねぇ」
飛空城の一角にこしらえられた畑は、最初の頃に比べて面積が広がりつつあり、比例して収穫物も必要な人手も増えた。
自分もクロードも、アスクにいる間は立場を忘れ、いち兵士として生活するようにしている。畑仕事を始めとした雑用の数々をこなすのも役割のひとつと考え、進んで手伝うようにしているが、士官学校での日々を思い出して楽しくもあったりする。
「本当にエクラはよく働いてる。アルフォンスたちがしっかり見てくれているとは思うけど、いつ倒れやしないかと心配になるよ」
今日は作物の様子を見るだけだから二人でも何とかなりそうだ。葉野菜とトマトの状態を確認しつつ、軽く間引きもする。
と、隣からやけに視線を感じて振り向くと、クロードのわざとらしい半目とぶつかった。
「それ、元の世界で俺が先生に思ってたことだからな。俺の想い、わかってくれたか?」
「仕方ないさ。どこぞのパルミラ王の期待がどんどん膨らんでいくから」
「……すみません。きょうだいが超有能だから、つい」
「もしかして、俺のことを気にしてエクラを連れて帰ろうとしているのか?」
クロードの頬がわずかに動いた。
「エクラに訊いた?」
「まあね。クロードが優秀な人材好きなのは知ってるけど、まさか異世界の人間にまで声をかけているとは思わなかった」
『ベレト、相談があるんだけど……クロードのことで』
まるで強敵相手に挑んでいる時のような顔つきでアルフォンスが口にした相談内容は、聞けば聞くほど申し訳ない気持ちになるものだった。思い返せばここ最近、自ら出撃を申し出ることが多かったし、姿を探せばエクラと共に、書庫にいる、作戦室で盤面遊戯に似た玩具で指揮の訓練を行っている、なんてこともあった。
アルフォンスとエクラが、互いに必要不可欠な存在であることはさすがの自分でも気づいていた。
たとえ異世界同士の人間だとしても、乖離させられるわけがない。させてはいけない。
たとえばそれは、「きょうだい」である自分たちも同じだ。
「俺だけじゃ不満か?」
立ち上がり、まっすぐにクロードを見下ろす。
想定外だと言いたげな翡翠の双眸がわずかに細められる。
「上に立つ人間なら、少しでも優秀な人材を揃えておきたくなるだろ? 特に今のパルミラには、先生に匹敵するような軍師がいないんだ。エクラなら申し分ない」
彼の言う通り、『単なる一般人』と謙遜する態度とは裏腹に、英雄たちを指揮する能力は相当に高い。知恵を貸して欲しいと軍略会議にも何度か呼ばれたことがあるが、逆に参考にしたい策がいくつもあった。
もちろん、数多の強力な英雄たちがいてこそ成り立つという理由もあるだろう。しかし一人一人の特性をしっかり頭に入れていなければ、思い描いた形にはならない。それを当たり前のようにやってのけてしまうのが、エクラなのだ。
「……確かに、クロードが欲しがるのもわかるさ」
面白くない。
黒い煙のような靄が四方から集まり、心を覆っていく。何度か経験のある感触だった。ああ、だからずっと苛々していたのか。
「でも、俺はお前が願った通り、二人でフォドラの夜明けを見たいんだよ」
だからと言って、素直に白状するのも癪に障る。
「そのためにこの世界で多くのことを学ぼうと努力している。……お前の隣に、立ち続けるために」
実際、異界の戦士たちと自分とを比べて、エクラに召喚されたことをある意味感謝したくなるほど、実力不足をひどく実感していた。
幸い、アルフォンスのように将来国を背負って立つ者を筆頭に、すでに一国の主である者、政治的な駆け引きに長けた者――今の自分に、特に足りないものを併せ持つ者が多く、贅沢な学び舎とも言える場になっているのだ。
「……負担じゃないのか? 明らかに頑張りすぎだなって思うけど」
「お前だって同じじゃないか。それに」
頬をゆるりと撫でる手を取る。
「俺の覚悟を甘く見るなよ、クロード」
そのまま、甲に軽く口づけた。
自分と似た色の双眸がはっきり見開かれる。
「……参ったな。完全に、予想外だよ」
「茶化すなよ」
「悪い。そんなつもりじゃなくて」
わずかに視線が逸らされた。よく見ると、浅黒い頬に薄く朱が差している。
「優秀な人材は少しでも多く欲しいって気持ちだけだったんだ。エクラは能力的にも人間的にも申し分ない希有な奴だから、あわよくばって欲を出してみただけさ。先生を軽んじてたわけじゃない」
今度は自分が口づけを受ける番だった。
「……まあ、もともと滅多にやらない『賭け』みたいなもんだったしな。きょうだいの熱情に免じて諦めるよ」
あのクロードが、狙いを定めた獲物をあっさり見逃した? 自分をなんとか言いくるめて納得させようともせずに?
嬉しいという以上に驚いてしまった。異世界に来て浄化でもされたのか?
「……先生が何を考えてんのか、大体想像できちまうのが辛いなー」
「あっ、す、すまない」
「謝られるともっと辛いなー」
「わ、悪いのはもともとはそっちだろ」
「エクラを勧誘したことが? 別に無理やりじゃないぜ? よければどうぐらいの態度だったけどなー?」
だめだ。クロードに口先で勝てるわけがない。結果的に口ごもるしかできなくなってしまった自分を怒らせたと勘違いしたのか、なだめるように背中を軽く二、三度叩いてくる。
「ごめんごめん。先生の可愛さに我慢できなくなっちまったよ」
また調子のいいことを……。
素直に白状してもいいけれど、まだ残る悔しさを有効活用しても罰は当たらないだろう。
左肩から伸びている帯革をぐいと引っ張る。みっともなく半開きになった唇を素早く自らのもので塞ぎ、わざと音を立てて解放した。明らかな動揺が見て取れるのが愉快でたまらない。
「お前もさっきの顔は負けず劣らず可愛かったぞ」
反応を待たずに帯革から手を放し、畑を後にする。動揺が知られる前に退散だ。
その後、アルフォンスからの報告によれば、エクラを勧誘することはきれいさっぱりなくなったらしい。
しかし『あんたのおかげでいいもん見れたから礼言っとく』と気になる発言をしていたようで、互いに首をひねってしまった。
やたら上機嫌だったというのも関係しているのだろうか……。
