■ 影となりて
「オビって、ゼンにとってどんな奴なんだろうな」
ある夜のことだった。
たまたま主人であるゼンもその従者のひとりであるオビもいない日に、たまたま皆で夕飯をとれる時間ができた。なら宴会のようにしようと提案したのは自分で、王宮内で比較的自由に動ける東側の、夜空がよく見える場所に集まることにした。
自分としては兄姉のように慕っている二人とゆっくり過ごせるのは貴重で嬉しくて、ついはりきって料理を作りすぎてしまった。
「……いきなり、何」
木々が眉をひそめる。彼女の凛とした美しさは、相変わらず夜空を彩る輝きに負けていない。
向かいに座るミツヒデは申し訳なさそうに片手を掲げた。
「ああ、いやな。今日部下にそんなようなこと言われてさ」
「もしかして今回の視察の件、ちょっとした噂になってるんですか?」
「ああ、まあね。といっても、もうオビの実力は知れ渡っているけど」
「私達は私達でやることがあるから、今回は別行動にしたんだ」
ゼンとオビのみという組み合わせが意外に思われたのだろう。確かに目の前の二人が揃って城に残っているのは珍しい。
「それで、その方はなんて言ってたんですか?」
「え? ああ、延々と悩んだだけで終わってたな」
目に浮かぶ。たとえば「剣のごとく」「盾のごとく」なんて一般的な表現は、むしろ二人にこそ相応しい。
「最初は刺客だったしね」
忘れがちになるが、そうだった。それが今ではゼン王子の伝令役となるどころか、主に自分の護衛までしてくれている。
まるで物語のようだが、間違いなく現実なのだ。
「そうだ、白雪にとってオビはどんな奴なんだ?」
突然振られて言葉に詰まる。当たり前のようにそばにいてくれるのもあって、改めて考えると意外に難しい。
友達? 仲間? 同志? どれもしっくりこない。
「――大切な、人であるのは確かです。構えずに、接することができるというか」
ゼンとも違う。ミツヒデや木々とも違う。別のベクトルで、オビはなくてはならない存在だ。
「ゼンが聞いたら妬けそうだな~。まあ、でもわかるよ。白雪、オビといる時は自然体だもんな」
格好つけの装備がはずれると以前本人にも告げたことがあった。なぜか大笑いされたけれど、どことなく嬉しそうだったのを覚えている。
「ゼンもそうじゃない? ミツヒデには頭あがらないって感じだけど、オビとはよく楽しそうにじゃれ合ってるし」
「あ、それ私も思います!」
「どういう反応すりゃあいいんだか……」
笑い声が王宮から夜空へと溶け込んでいく。ゼンに対しての敬愛さはミツヒデと変わらないはずなのに、こうも印象が変わるものなのか。
気まぐれな通り風が全身を撫でていった。吹き抜けた先に思わず目を向けると、星に照らされた薄闇が映った。城内の灯りに負けず星は各々に輝きを放ち、闇はその色を保っている。
光は、闇を照らす。闇は、光を際立たせる。
「影、です」
自然と、言葉がこぼれた。
「へえ?」
ミツヒデ達はいまいち飲み込めていないようだった。自分も無意識に近い状態で呟いてしまったから、理由を用意できていない。
「えっと……その、ゼンが身動きとれない時は、代わりにオビが動くというか、ゼンの背中にいつもオビがいる、みたいな」
ゼンはどう振る舞っても、王族という光がある。常に周りに照らされて、時には足枷にさえなる。
そんな時は、代わりにオビが動くのだ。主人の意志を背負って動いて、そのままの形で戻ってくる。
脳裏をかすめたのはタンバルンでの光景だった。「海の鉤爪」に拉致された自分達を助けに来てくれた時の、ゼンとオビの姿。
攻撃を受けようとしていながら堂々と立つゼンと、素早く立ち塞がったオビとの間に、確かな信頼と絆が見えた。
「あ、あの?」
二人はわずかに黙した後、顔を見合わせて笑みを交わした。
「影、ね。白雪もうまいこと言うね」
「うん、なかなか言い得て妙だと思う」
「な、なんでその結論に達したんでしょうか……?」
いくら聞いても、二人は意味ありげに笑うだけで教えてはくれなかった。
