続・エレベータートラップ

「ジョーカーさん……閉じ込められちゃったのに楽しそうですね」
「だって、あの時と違って待っていれば絶対助かるし。なにより勇気くんと二人きりでいられるんだもの」
 状況にそぐわない、ある意味ジョーカーらしい台詞に、つられて自分の心も自然と軽くなってきた。
 
 
 強運が取り柄なのに、どうしてこうもエレベーターの故障と縁があるのだろう。己の取り柄に疑問を持ちたくなってしまう。
 すっかり恒例となった、ジョーカーとの休日デートを満喫していた時の出来事だった。
 どうしても欲しいブランドの服屋があるデパートのエレベーターに乗った瞬間、一瞬大きく揺れたあとにうんともすんとも言わなくなってしまった。
『申し訳ございません! お客様のエレベーターだけ原因不明の故障で動かなくなっている状態でして……復旧まで、最長で一時間ほどかかるかもしれません』
 声だけで何度も頭を下げていると想像できる姿になにも言えなくなる。かつての時のようにワイヤーを撃ち抜いて無理やり脱出する、なんて真似事をしなくていいだけでも全然違うは違うのだが。
「買い物だけはできてよかったです。あとはもう帰るだけですしね」
「念のためエージに連絡しとこうかな。ドラちゃんに心配かけちゃうかもしれないからね」
 連絡先が千葉でないのは、事態を知ろうものなら実力行使に出てもジョーカーを救出しようとする可能性があるから、だと思う。大ごとになる未来が軽く想像できてしまい、思わず苦笑が漏れる。
 スマートフォンをポケットに戻したジョーカーは壁に背中を預けると、こちらに向けて両腕を広げてきた。
「ジョーカー、さん?」
「不安で怖いでしょ? ほら、僕の胸の中に飛び込んでおいで」
「……あの、監視カメラありますから」
「ここなら死角だから大丈夫だよ」
 信用できない。そんな感想が思いきり顔に出ていたらしく、ジョーカーのアイスブルーの双眸が見る間に鋭くなってしまう。
「勇気くんは僕の言うことが信じられないの?」
 声まで冷たい。早々に白旗を上げた。
「じゃ、じゃあ失礼します……」
 服屋のロゴが印字された紙袋やカバンを隅に置いて、おずおずとジョーカーの前にしゃがむ。
「わっ!?」
「はーい、もう逃げられないからね。勇気くん」
 引き寄せられた力こそ強かったものの、背中に回った腕は簡単に振り払えそうだった。
 でも、当然できるはずはない。
「口ではいろいろ言うけど、結局勇気くんはこの場所が大好きなんだよね」
「……だって、世界で一番、安心できますもん」
 実に嬉しそうなジョーカーに、羞恥がこみ上げすぎて顔を胸元に押しつける。飛行機事故に遭っても生き延びたこの心臓の音が、より安心感を増長させてくれる。
「じゃあ、キスは?」
 耳元に注がれた言葉に、操られたように首をもたげる。確信に満ちた笑顔が、吐く息を震わせる。
「大好き、です……」
 そのまま顔が近づいて、呼吸を奪われる。どうしようもなく加速する興奮を堪えきれず、自ら舌を伸ばしてせがんだ。
「ん……勇気くん、積極的だね」
「ごめ、なさ……」
「謝る必要なんかないよ。僕にとっては好都合だしね」
 どういう意味だろう?
 疑問は、再びの甘いキスに流されてしまう。口内をジョーカーの舌が自在に行き交い、口端からあふれる唾液が這う感触にすら疼く始末だ。
 ジョーカーの黒いシャツを固く握りしめて、塗りつぶされてしまいそうな理性をギリギリで堪える。ここは公共の場所、これ以上は……いけない。
「もっと、身を委ねてほしいな」
 いつの間にか、端正な顔が目の前にあった。頬を撫でる手がとても心地いい。
「ここにいるのは、僕と君だけなんだよ?」
「で、も……カメラが」
「死角だから大丈夫。エレベーターもまだ復旧しなさそうだし」
 普通なら全く大丈夫じゃない事態で、全力で拒否すべきなのに……どうしてだろう。ジョーカーの言葉には不思議な説得力がある。抗えない。
「それに、勇気くんも我慢できないでしょ?」
 ジーンズの上から中心に触れられて、たまらず声がこぼれてしまう。
 視線の先のジョーカーは誰もが魅了されてしまう、甘い蜜を湛えたような笑顔を浮かべていて、あっさりと捕らえられてしまうのだった。

  + + + +

「とは言っても、あまり時間はかけられないのが残念だなぁ」
 帰ったらまたしようね?
 そう約束されて、喉を上下させてしまう。
「なに、もっと興奮しちゃった? 勇気くんってほんと、えっちだね」
 小さく笑うジョーカーに慌てて否定しようとするが、シャツの上から胸の尖りをなぞられて悲鳴へと変わってしまう。
「もうずいぶん硬いね。さっきのキスのせいかな? それとも……このシチュエーションのせい?」
 指先で捏ねられては反論もままならない。少しずつもどかしさを覚え始めると、図ったように直接の刺激が走った。
「あっ、ん!」
「勇気くん、さすがに声はもう少し抑えないとまずいかもよ?」
 夢見心地の気分が一気に覚める。弾かれたように口元を覆うと、ジョーカーの指の動きは一段と早くなった。
「ふ、うう……ん!」
 もう片方も同様にされて、塞いでいるのが苦しくなってくる。自ら胸を突き出すような格好をしていることには気づかないふりをした。求める心を、止められないのだ。
 ジョーカーの手がするすると下がっていく。耳に届く金属音でベルトのバックルを外しているのだとぼんやり理解し……目を見開く。
「どうしたの? 勇気くん」
「だ、めです。俺、やっぱり、声、我慢できないです……!」
 一度でも味わってしまった甘い刺激は、結局途中でやめることはできない。でも今ならぎりぎりで間に合う。寮に帰るまで我慢すれば、何も気にせず存分に愛してもらえる。
 だが、ジョーカーはにっこりと笑って、押さえていた手を外してしまった。
「今さらだよ。大体、もうこんなになってるのに帰るまで我慢なんてできないでしょ」
 下着の上から強めに握られる。短い悲鳴で済んだのは幸いだった。
 怖い。ジョーカーにだけしか見せたくない姿を、聞かせたくない声を、第三者に晒すなんて絶対にいやだ。
「ジョーカーさんにしか、見せたくないんです……だから、だから!」
 動きを止めて、まっすぐに自分を見つめてくる。偽りない気持ちを伝えたくて、同じように見返した。
 羞恥心以上にあるのは、特別なひとにだけ晒したい、恋人同士の秘め事としておきたい思い。
 ややして、諦めたような苦笑がこぼれる。その頬はほんのりと赤い。
「……大丈夫、なんだよ。ここは」
 天井に顔を向けて――その先にカメラがあるのだろうか?――改まったようにジョーカーは続ける。
「どうも、カメラがないみたいなんだよね。もともと設置してないってのは考えにくいから、何らかの事情で一時的にないのかも知れないね」
 一瞬、何を言っているのかと思った。
 けれど、ジョーカーが嘘を言っているような雰囲気には見えない。
 気が抜けてしまった。情けないが、涙腺まで緩みかけている。
「安心した?」
 ジョーカーが目元を拭ってくれる。
「そりゃ、もう……ほんと、心配で心配で。大体、どうしてすぐに教えてくれなかったんですか?」
「そりゃあ決まってるよ。勇気くんの困った顔が見たかったから」
 いつものことながら、さすがに呆れざるを得ない。
「じゃあ悩み解決ってことで、再開してもいいよね」
 ジョーカーの笑みが一層深まり、固まりかけた思考を強制的に引き戻した。
「あ、っふぁ……!」
 下着の上から、二本の指で挟んで上下になぞられる。布越しの愛撫もたまらない。腰の揺れを抑えられない。
「僕もね、我慢できないんだよ。早く……君とつながりたい」
「っひ、あぁ!」
 下着を剥がされ、先端に爪を立てられた。身体を支えていた膝が崩れ落ちて、ジョーカーにもたれかかる体勢になる。今度は指の腹で押さえるように擦られると、受け止めきれないほどの快感が襲う。
 大好きな匂いが、鼻腔をくすぐる。ますます中心に熱が集まって、出口を求めてあがき出す。
「ジョー、カーさ……おねが、い……」
「イきたい?」
 ジョーカーを捉えて必死に頷くと、形のいい唇が大きく持ち上がった。
「なら、僕のことも気持ちよくさせて?」
 手を自らの中心へと導かれて、思わず視線を泳がせてしまう。二、三回やっただけで未だに慣れない行為だった。
「本当は舐めてもらいたいけど今は触るだけ、ね」
 下着ごとあっさり下ろして、半勃ちのそれを露わにする。
 戸惑いと恥ずかしさは当然ある。それでも……呆れるほどにどきどきしている。宝物に触れるように手を伸ばすと、小さな笑い声が降ってきた。
 ジョーカーの手つきを思い出しながら、最初はたどたどしく、次第に大胆に扱いていく。少しずつ硬度を増していくことが嬉しくて、先走りの液体を絡ませて包み込むように全体をなぞる。
 髪の毛にふわりとした感触を覚えてわずかに頭を持ち上げると、いつもの余裕を欠き、湧き上がる快楽に身を任せているジョーカーの姿があった。
「ほんと、上手になったね……嬉しいな……」
 ああ、これがベッドの上なら、どんな艶やかな姿を見られただろう。彼が「素直な君を見たい」と口にする意味を、少しだけ理解できた気がする。
「ジョーカー、さん……お、れ……」
「うん、わかってる。勇気くん、僕の首に腕を回して」
 剥き出しの肌を長い指が滑って、ジョーカーを待ち焦がれてやまない箇所に触れられる。
「はぁ、ん……っ!」
 いともあっさり侵入を許してしまった。いつもより激しく、二本の指が一番に感じる部分を何度も突いてくる。
「全然ゆるいね。僕の触ってそんなに興奮した? それとも、昨日の夜のがまだ残ってる?」
 休日になると、ジョーカーは遠慮なしに自分を愛してくる。それはとても幸せなのだが、こんな時に聞かされると余計に……
「感じちゃった?」
「や、あ……」
「中、すっごい締まった」
「あぁ! ん、あ……!」
 微妙に折り曲げられたジョーカーの爪先に押し当たって、めまいのするような痺れが駆け抜ける。
 もう、限界だ。早く、ジョーカーがほしい。
 言葉の代わりに、耳朶に舌を這わせる。
「ほんと……おねだりも、上手になったね」
 いつも通りの言い回し。でも言葉尻が、かすかに震えている。
 ぺりぺりと、包みを剥がす音が聞こえる。何か、は見ずともわかる。さすがとしか言いようのない周到ぶりだ。
「勇気くんも、ね。床が汚れるといけないから」
 息がつまった。そうだ、その心配もしないといけなかったのに、素直に身を任せすぎてしまった。
「ありがとう、ございます……あと」
「勇気くんは細かいこと気にしないで、おとなしく僕に抱かれてればいいの」
 ね? と小首をかしげたジョーカーは、頬、そして唇にそっと触れた。
「そのまま、腰を落として」
 待ち焦がれたモノが、身体の中に入ってくる。ゆっくりとした動作もじれったくなるほど体内で燻り続けた熱は、すべてを埋め込んだ瞬間にあっけなく弾けた。
「挿れただけでイっちゃうの、初めてじゃない?」
「は……っあ、だ、って」
 ゆらゆらと腰を揺らしながら、ジョーカーは嬉しそうに告げてくる。
「もっといじってあげたいとこだけど、これ以上は僕も我慢できないし、ね」
 勢いよく突き上げられた。引きつった悲鳴がにじむように漏れる。
 達したばかりで敏感になっている身体に激しくされれば、軽く収まっただけの甘美な熱は瞬く間に収束していく。
「勇、気くん……あんまり、しめつけないで……」
「っだ、って……む、りぃ……!」
 気持ちよすぎて、堪えるなんてできない。
 体勢のせい以上にきっと……日常なのに非日常な、この空間のせい。
「無理、か……そうだね、僕も、いつも以上に興奮してる、よ……」
 噛みつくようなキスをされて、視界が混濁していく。接合部から響くぐちゅぐちゅとした音と、突かれるたびに全身を走り抜ける刺激が、途切れそうになる意識を繋ぎとめていた。
「ジョー、カーさ……きもち、い……い、いよぉ……!」
「うん、僕も……でも、もう限界、かな……」
 抜き挿しの間隔が短くなってきた。ジョーカーの呼吸も自分と同じくらい荒い。
 全身から汗が吹き出る。抗えないものが内からせり上がり、一気に脳天まで突き抜けた。
「ふ、ううぅっ……!」
 ジョーカーの身体にしがみついて、肩口に唇を押しつける。詰まったような悲鳴が耳をくすぐり、埋め込まれたものが軽く震えた。
 あつい。身体の痙攣がとまらない。
 気づくと、視界が真っ暗になっていた。

  + + + +

「申し訳ありません! 大変お待たせいたしました!」
「いーえ。無事直ってよかったです」
「そちらのお客様は大丈夫ですか? 体調を崩されたとか……」
 話の矛先がまずい方向に向かっている!
「だ、大丈夫です! あの、ただの待ち疲れですから」
 ジョーカーの肩に預けていた身体を無理やり起こして何とかごまかす。
 いきなり喋りだしたことに驚いたのか、デパートの従業員らしきスーツを着た男性は目を丸くしている。
「そうなんです。どうも眠くなっちゃったみたいで」
 ジョーカーも乗ってくれたことで、とっさの嘘は無事に成功した。
 お詫びにとデパートの商品券をもらえて、これも強運のおかげ……なのかも知れない。
「それにしても、ほんとギリギリだったねー」
 寮までの道を歩きながら、やはり楽しそうに告げてくる。身なりを整え終わってのんびり休もうと思った瞬間にエレベーターが動き出したのだから、こっちは肝を冷やす心地だった。
「なかなかのスリルだったと思わない? ねえ勇気くん、またああいうチャンスを積極的にさ」
「ぜーったい、いやです! 狙わないです!」
 ジョーカーのことは大好きだけど、あんなハプニングは死んでもごめんだ。

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