だーれだ!

「だーれだ」

 提出する書類を持ってデュラックの部屋の扉をくぐり、足を数歩踏み出した瞬間だった。
「わっ!?」
 目の前が急に暗くなった。思わず書類を落としかけたがなんとか両手に力を込めて回避する。
 というか、この声は……間違えるはずもない。
「もう、なにやってるんですかジョーカーさん」
 相変わらずこの恋人は人を驚かせることが好きだ。宝石箱のようであり、びっくり箱でもある彼にすっかり虜になっているから、こうして構ってくれるとむしろ嬉しくなるのだけど。
 片手を空けて覆いを外し、ゆっくりと振り向いて……固まった。
「え、ええっ! そ、園田さん!?」
 眩しいジョーカーの笑顔……ではなく、苦笑した園田の顔がそこにあった。意味がわからず、思わず後ずさってしまう。
「え、園田さん……じゃないんですか? いやいや、そんなことないですよね、園田さんですよね? で、でも声は」
 間違いなくジョーカーだった。でも目隠しをしたのは園田。
 どういうことなのか。まさか手品? それともジョーカーの魔法? ありえないとわかっていてもそう信じられてしまうのは仕方ないこと……。
「……っくくく……」
 園田が短く溜め息をついたと同時に、背後から笑い声が聞こえてくる。勢いよく振り向くと、身体を微妙に「く」の字にさせたジョーカーがいた。
「じょっ、ジョーカーさん? 本物のジョーカーさんですよね?」
「くくく……やっぱり君って、サイコー……! あー、おっかしー!」
「だ、騙したんですね!? ひどいですよジョーカーさん!」
 背後に立っていた園田がぽんぽんと頭を撫でてくれる。多分無理やり付き合わされたのだろう。
「全く、ほんとキヨはどうしようもないよね。勇気くんをからかってばっかりいると愛想つかされるぞ?」
 笑いを収めたジョーカーは、心底呆れような目つきをした。
「何を言ってるんだい。こんなことぐらいで嫌いになるような子じゃないって、僕はちゃんとわかってるよ」
 絶対的な自信が――いや、本当にその通りではあるのだが――恥ずかしい。園田だけでなく、いつもの場所に千葉も控えているというのに、思わず床に視線を落としてしまう。
 はいはい、と手をひらひらさせた園田はパソコンに向かう。ジョーカーも、いつもの位置に戻っていった。その後を追って書類を渡す。
「それにしても、さっきの君の驚きぶりは傑作だったなぁ。本気で疑ってたもんね」
「だって、ジョーカーさんだって信じてたら園田さんだったんですよ? そりゃ驚きますよ」
「その顔が見たかったから、僕としては大成功だけどね。フフッ」
 全く……。園田ではないが思わず呆れてしまう。
「……でも、ちょっとだけ寂しいって思っちゃいました。あ、もちろん園田さんが悪いとか、そういうことじゃないんですけど」
「へえ、どうしてだい?」
「俺、ジョーカーさんがどんな姿でも好きですけど、やっぱりいつものジョーカーさんが一番だなって。どれが欠けてもいやだなって、思っちゃいました」
 愉快そうにこちらを見ていた青い瞳が、わずかに見開かれる。
「勇気くん、君は……」
「へへ、ただのわがままですよね」
 本当に、贅沢な時間を過ごしていると思う。ジョーカーという最強の恋人と毎日一緒にいられるという事実だけで満足すべきなのに、どんどん欲張りになっている気がする。
 名前を呼ばれながら机越しに腕を掴まれて、ジョーカーの前に立つと固く抱きしめられた。力が強すぎて抵抗もままならない。
「ああもう! 君は一体、どれだけ好きにさせたら気が済むの!」
「ジョーカーさん……」
「僕だって、君がどんな姿をしていても大好きだけど」
 抱擁を解いたジョーカーは、人差し指で唇に触れる。
「この声と、この顔と、この身体と……」
 言葉に合わせて次は頬へ、肩へ、腕へと手のひらを滑らせていく。
「僕をたまらない気持ちにさせてくれるのは、今、目の前にいる勇気くんだけだよ。それが、僕のすべてなんだ」
 その手を、思わず抱きしめる。まっすぐにジョーカーを見つめて、口を開いた。
「俺も! 俺も、今見ているジョーカーさんが一番です。何よりも大切です!」
 ジョーカーの唇が満足そうに持ち上がる。
「フフ。僕たちはほんと、相思相愛だね」
「はい……!」
 
 
「あーもー見てらんない。俺行くわ。……隼人も行くの?」
「ああ。仕事はいいのか?」
「あのね、あんなノロケ全開の環境下で捗るわけないでしょ。隼人は部活?」
「ああ。もう時間だからな」
「それ、もしかして時間じゃなかったらここにい続けるってことかい……」
「ジョーカー様から命を受け、実行することが俺の仕事だからな」
「全く、その忠臣ぶりが素晴らしいよ……」

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