「あれ……勇気? と、伊藤先生?」
サーバー棟から戻る途中、見知った顔が仲良く並んでいる姿を見つけてのんびりと笠原は近づいた。
「おいおい、こんなとこで寝てるなよ……」
呆れ顔で突っ込む。特に伊藤は、教師なのにいいのだろうか。
「先生が誘った……わけないか。勇気もさすがにそういう真似はしないだろうけど」
何があって仲良く居眠りする図が出来上がるのか、皆目検討がつかない。
何となく向かいに腰掛けて、アメを舐めながら二人を観察する。
「なんつーか、アレだな。兄弟みたいだな」
二人の雰囲気はどことなく似ていると以前から思っていた。そういえば伊藤も朝比奈に負けず劣らず運がいいようだし、そう感じるのはむしろ必然なのかも知れない。
「オカ研辺りに先生の運もいいとかバレたら超面倒なことになりそうだな……」
ただでさえ朝比奈相手にも、やれ実験に付き合えだのなんとかを証明させろだの無理難題を提案しては困らせているのだ。八神もうんざりした顔をしているし、単純に二倍になると考えただけで恐ろしい。
朝比奈の口元がもごもごと動く。美味しいものを食べる夢を見ているのだろうと予想できるのは、実に幸せそうな笑みを浮かべているからだった。もう少し顔が傾いたらヨダレが垂れそうである。
対する伊藤は眉間に若干の皺が刻まれた。身を捩っているから、朝比奈の身体の重みが負担になっているのかも知れない。
「おや、そこにいるのは笠原くんではないか!」
背後から明るい声をかけられて振り向くと、副会長である鷺森が爽やかな笑顔を湛えて立っていた。
「鷺森さんっ、しー!」
慌てて人差し指を唇に当てる。首を傾げながら近づいた彼は、朝比奈達を見て納得したようだった。
「失礼、まさか勇気と先生が寝ているとは思わなかったものでな」
「いや、別に起こしてもいいと思うんですけど……なんか、気持ちよさそうで」
「うむ。実はなかなか戻らない勇気を探しに来たのだが、これではオレも起こしにくい」
鷺森は苦笑すると、笠原の隣に腰掛けた。二人をしばし観察したあと、にっこりと告げる。
「勇気達はまるで兄弟みたいだな! 実に可愛らしい」
「あ、鷺森さんもそう思います? 可愛いかどうかは置いといて」
「可愛いではないか。勇気はもちろんだが、伊藤先生もなかなかに負けていない」
先生相手にその評価はどうかと思うが……。
朝比奈と同じことを内心呟いて、眉根を寄せる。
「それに、松岡先生に聞いたことがある。伊藤先生も、勇気のように学園の人気者だったそうだぞ。特に交流があったのは、当時の生徒会長と副会長、会計部、テニス部主将、学園の配達屋、寮長、美術部部長、生物の先生……だったかな。すごい人望だと思わないか?」
確かに、朝比奈に負けず劣らずの濃いメンバーが揃っている。そこに二代目理事長も加えればもはや眩しくすらある。
「オレとしては、伝説の生徒会長と、その彼を完璧にサポートしていたという副会長の話をぜひじっくり聞きたいところなのだが、なかなかタイミングが掴めなくて……あ」
何かに気づいたように、鷺森の動きが止まる。
「もしや、これは絶好のチャンスなのでは!」
「い、いやいや。もう放課後ですし、そもそも鷺森さんは勇気を探しに来たんでしょう?」
ここで話でも始められたら抜けるに抜けられなくなる。興味がないわけではないが、理事長の仕事をしてきた身としては長話は御免被りたい。
というか、今の状態がすでに長話に匹敵する状態な気がする。
「珍しい顔を揃えちゃって、なーに楽しいことしてるの?」
なんとかこの場を収めようとした瞬間、最も厄介な人物が現れてしまった。
「じょっ、ジョーカーさん……」
当然のように千葉も控えている。
「あれ、伊藤先生と勇気くんじゃない。気持ちよさそうに寝ちゃって、かーわいい」
遠慮なく二人に近づいた城河は、朝比奈の頬を指でつつく。
「だろう? 君は可愛いと思うだろう?」
「ってことは、笠原くんはそう思わなかったってことなんだね。素直になればいいのに」
城河はいたずらっぽく笑う。
「ほっといてくださいよ。それより、そろそろ二人とも起こした方がよくないですか?」
「えー、僕来たばっかりなのに。もう少しこの寝顔を堪能させてもらってもいいじゃない?」
「じゃあ、起こす役目はジョーカーさん達にお任せしていいですか? 俺、もう帰りますんで」
「ほう? ってことは、この油断しきった勇気くんにあーんなことやこーんなことしちゃってもいいってことなんだね? ふーんそっかーわかった、そういうことなら」
息を詰まらせる。彼が言うと冗談に聞こえないから怖い。
「そんなこと、オレが許すはずがないだろう! うちの大事なエースを傷つけでもしたら、政嗣も黙ってはいない!」
「ふふっ、なら漏れなく隼人を差し出してあげるよ。隼人、お前なら先輩方二人を相手にするくらいできるよね?」
「もちろんです、ジョーカー様」
千葉が携えた木刀を構える。火がついたらしい鷺森も腰のサーブルに手をかけている。城河の満足たっぷりな笑顔が悪魔そのものにしか見えない。
(あーあーあーもう面倒なことになってきたー……)
やっぱりさっさと二人を起こせばよかった。さりげなく彼らから距離を取って、相変わらず寝こけている大本の原因に近寄る。
「おい、勇気起きろって! 伊藤先生も!」
先に反応したのは伊藤だった。青空を思わせる双眸がぼんやりと笠原を捉え、子供のように目を擦る。
「んん……どうしたの、笠原くん」
「どうしたのじゃないですよ。もう夕方なんですから、さっさと起きてください」
「ゆうがた……って、あああ!」
勢いよく立ち上がった余波を受けた朝比奈から、猫に似た悲鳴が上がる。
「いってててて……って、あれ? トモ?」
「あれ? じゃねえよ。何で伊藤先生と仲良く寝てんだよ」
すぐにピンと来なかった朝比奈は訝しげに笠原を見つめていたが、ようやく意味を飲み込んだらしく恥ずかしげに頭を掻いた。
「いやぁ、伊藤先生が気持ちよさそうに寝てたからさ、つい……」
「もうっ、朝比奈くん起こしてよ! 今日中に終わらせないといけない仕事があるのに!」
「えっ、す、すみません!」
「って違う、悪いのは俺だ……ごめん、気にしないで」
「い、いえ!」
「じゃあ、俺は行くからね! 君達も早く帰るんだよ!」
まるで台風が通り過ぎたかのような慌ただしさに、朝比奈をはじめその場の人間が呆気に取られてしまう。
「あーあ、面白いのが終わっちゃった。怒る伊藤センセは貴重だったけどねー」
「気持ちいいくらいに一方的かつ理不尽だったな!」
笑顔で言い切る鷺森に、慌てて朝比奈がフォローに入る。
「まあ、先生もすごく焦ってたし。起こさなかった俺も確かに悪かったよ」
「ほんとだよ。俺達がここ通らなかったら、お前ら揃ってずっと寝てたんじゃね?」
「はは、面目ない……」
鷺森と千葉の二人はすでに武器を収めていた。解散の空気が漂い始めた頃に、城河が背を向ける。
「んじゃ、僕は戻ろうかな。あ、そうだ勇気くん」
「なんですか?」
「いいもの見せてくれてありがとねー。また遊ぼ」
語尾に音符マークをつけて告げられた内容に、朝比奈の頭が疑問符で埋め尽くされる。しかしそんな彼をよそに、笠原や鷺森も各々の行動を取り始めた。
「俺も寮に帰るわ。あー、つっかれた……」
「勇気、オレ達も生徒会室に戻ろう。政嗣が首を長くして待ってるぞ」
ただ寝てただけなのに、いいものって、一体何をやらかしたんだ!
聞きたいのになんとなく聞いてはいけないような雰囲気を感じて、朝比奈はしばらくもやっとした気持ちに悩まされるのであった。
