「凌統殿」
楽しく(いや、呂蒙はいいが甘寧がいるから楽しく、という表現は少し間違っているかも知れない)昼食を取っていたところに突然割り込んだ声。
かなりの威圧感を覚えつつ首を持ち上げれば、仁王立ちしている陸遜がいた。
「な、なに? 軍師さん。昼はどうしても一緒にできないって、さっき泣く泣く諦めてたじゃない」
「そ、そうだぜ。おっさんと一緒だからって文句言われるのは筋違いだからな」
至急の確認事項ができたためと呂蒙が一時席を外しているのは悲しいかな、不幸なことだった。
理由は単純、陸遜を止められる者がこの場には誰もいないからだ。
「そのことは関係ありません。どうしても一点だけ確認しておきたいことがありましたので」
「確認しておきたいこと?」
「それ!」
びしっ、と陸遜はまっすぐ凌統の首を指差した。反射的に首を庇ってしまったのは不可抗力だ。
「凌統殿の、その首に巻いていらっしゃるもの! いいですか、正直に仰ってください。それはどこで手に入れたものですか!?」
顔が近いことも手伝ってか、一瞬のうちに辺りがとんでもない殺気に包まれた。ああ、今日は天気がよくて暖かい、負の気とは全く無縁な日なのに。
「こ、これは町に出た時にたまたま見つけたものだって。いいなって思って、買ったんだよ」
同時にちらりと甘寧に目配せをする。彼は全てを知っている。ここは協力せねば死ぬ。確実に死ぬ。
その感情が伝わったのだろう、わずかに甘寧は頷き返した。
「あ、ああそういえばお前、町から戻ってきた時たまたま会ったけど、確かにそれ手に持ってたもんな!」
「…………」
陸遜はさらに眉間に皺を作り、こちらを凝視する。
「……呂蒙殿が以前お持ちでした巻き物に、とっても似ているのは気のせいでしょうかねえ?」
心臓が嫌な音を立てる。駄目だ、ここで負けたら終わりだ!
「そ、そう? 気のせいじゃない? それかたまたま似てただけだって! なぁ?」
「そ、そうそう! 第一お前がいるのに、いくら鈍いおっさんだからってそうほいほい他人に自分の物をあげたりしないだろ!」
お前がいるのに、の部分を大層気に入ったのか、途端に陸遜の雰囲気が変わる。とっても柔らかくなった。
「あ、そ、そういえば呂蒙さん、このところ何か考え込んでるみたいだったよ? もしかしたら軍師さんに関係してるかも知れないな! ほら、呂蒙さんは軍師さんが絡むとすごく真面目になるし!」
陸遜が、呂蒙が絡むと「こう」なるから真面目にならざるを得ないのが大部分を占めていたりするのだが、意味としては間違っていない。
「そ、それは本当ですか!? うふふ、呂蒙殿ったら本当にお可愛らしい……有益な情報をありがとうございます。ふふふ」
頬を両手で覆い、蕩ける笑顔を浮かべながら陸遜はふらふらと去っていった。巻き物のことはどうでもよくなったらしい。
「た、助かったっつの……」
どっと力が抜ける。昼食も喉を通りにくいほどだ。
甘寧もどうやら同じような状態らしい。
「思いがけないとこでやってくるなあいつは……ほんと気が抜けねえぜ」
「まぁ、いつか指摘されるだろうとは思ってたけどね、これ」
もう身につけないことになったからどうしよう、と悩んでいた呂蒙をたまたま見かけて、冗談半分で欲しいと告げたら本当にくれたこの巻き物。
色がいいな、とは前々から思っていたものの、本当にもらえるとは思わなかった。
陸遜の存在もあるし、慌てて返そうとしたけれど「遠慮するな」という言葉と笑顔の前には勝てなかった……。
「おっさんもなー肝心なところで天然発揮しちまうからなぁ」
「まあね……でもせっかくもらったし、大切に使わせてもらいますよ」
「何をだ?」
呂蒙がちょうど戻ってきた。陸遜がいない時で助かった……と今さらながら冷や汗を垂らす。
「い、いえ。いただいたこの巻き物大切に使わせてもらいますよって」
「は?」
頑張って事実を隠し通さねば。
孤独な戦いの始まりに、どうしても気の重さを隠せない凌統だった。
