「ごめん、今日は人と会う約束しててさ。また今度遊ぼう」
「ちぇ、つれねえなあ。わかったよ、またな」
「リュージも大概寂しんボーイだな、ニャフフ」
正論すぎて、いつもの反論はできなかった。
鴨志田との件があってから、ずっと孤独だった。
今まで仲良かった人は離れていき、それ以外の人からは疎まれるようにまでなり、どうにかしたいのに「大人に負けた弱者の子供」というだけで打つ手は何もなかった。
そんな中、「彼」が現れた。
前科持ちという噂を背負った彼は、(後に冤罪だとわかりはしたものの)全くそんな風に見えない雰囲気を持ちながら自分と接するようになり、ついには救いの神に相応しい存在へと変わった。
仲間ができた。
気の許せる友人ができた。
孤独から、解放された。
すべて……彼の、黒瀬凌一のおかげだった。
親友ができた代償か、一人きりの行動がすっかり不慣れになってしまった。ほんの二、三ヶ月経っただけでこうも逆転してしまうとは、慣れとはある意味怖い。
自分の前から去るまで申し訳なさそうに目尻をすぼめていた凌一に内心「だったら付き合ってくれよ」と毒づいてしまったのは内緒だ。
「んじゃ、帰るかぁ」
このまま廊下で立ち尽くしていても仕方ない。大人しく家に帰ろう。
鴨志田の件が解決して陸上部が潰れた真相も明るみに出たとはいえ、風当たりの強さはさほど変わらなかった。もはや、卒業するまでこれ以上の好転は望めそうにない。
それでも構わない。今は「怪盗団」という居場所がある。この場所があるから、前を向いていられる。
何より、二度とできないと思っていた親友の存在が大きい。
* * * *
『え、明日も祐介に付き合うのかよ! ついこないだもアイツに付き合わされてなかったか?』
『祐介がどうしても明日しかないって言ってて。俺も構想探しに付き合うよって約束してる手前、断れなくてさ。ほんとすまない』
『マジかー……わかった、また今度な』
チャットに文字を打ち込み終わると同時に、大きな溜め息をついてスマートフォンを布団に投げ出す。
斑目の改心が無事に果たせてから仲間になった喜多川祐介は腹が立つほどのイケメンぶりだったが、少なくとも自分の周りでは見かけたことのない感性と空気の持ち主だった。面白いヤツだなとは思うが、今のところは仲良くお出かけしたりはできなさそうという印象だ。
だが凌一の何かが彼の美意識とやらを刺激したらしく、暇を見つけては行動を共にするような仲になっていた。
『なんか、新しい発見をくれる! とか言ってた。俺は別に、特別なことはしてないんだけどね』
昼休みの時に、凌一は苦笑しながらそう言っていた。
確かに新しい発見とやらはわからないが、祐介の気持ちなら何となく理解はできた。
普段は奥底に隠した悩みや本心を、無理やり暴く行動に出られて仕方なく……ではなく、雑談に近いノリで自ら暴露できてしまう。凌一にはなぜか、そうさせてしまう不思議な魅力があった。
もし前科持ちなんてレッテルがなければ、普通にモテていただろうな……。
「女に囲まれる凌一か……」
——なぜだろう。嫉妬とは違う、異物を埋め込まれたような気持ち悪さを感じた。
+ + + +
金城の「オタカラ」の奪還に無事成功した。今回は頭の切れる生徒会長のおかげか、さほど時間をかけず目標を達成できた。
あとは結果が出るまで日常生活を大人しく過ごすだけ……となれば、やることは決まっている。
「あー走った走ったぁ! つっかれた〜」
「お互いお疲れ、だな」
ランニングマシンを終えて休憩用のベンチにぐったりと腰掛ける。一人でも時々このジムを利用してはいるが、凌一がいるだけで楽しさもやる気も違ってくる。
「つーか久々の遊びがトレーニングって、なんかお前っぽいな」
「時々モルガナと来るようにはしてたんだけど、最近はさっぱりでさ」
それならついでに自分にも声をかけてくれればよかったのに……。
「それに竜司は身体の鍛え方に詳しいし、やりごたえあるなって思って」
……面白くない気持ちが一気に吹き飛んだ。我ながら現金な性格をしている。
「んだよ、それってモルガナより頼りになる的な言い方に聞こえんぜー? アイツが聞いたら怒るぞ〜」
「そしたら寿司折りで機嫌直してもらおうかな」
二人同時に吹き出す。ああ、やっぱり凌一の隣は心地いい。性格は多分正反対だけど、だからこそ互いに補い合っている感じがして誇らしくなる。
「あー、暑くてもう限界」
顔を歪ませた凌一はおもむろに立ち上がってジャージの上を脱いだ。鍛えているように見えない細く白い腕が目に映り、ジョーカー時の身軽な動きを思い出して何となく眺めてしまう。あの動きを実現するためには身体を作りすぎても、逆に細すぎても駄目だと何となく想像はできる。
本当に同一人物か? と思いたくなるほど彼はアクロバティックに動く。内緒だが、その鮮やかさに時々見惚れることもある。男にこういう感想を持つのもどうかと思うが……やけに色っぽく、妖しく映る時もあるから、仕方ない。仕方ないのだ。
相当に暑いのか、白いTシャツを仰ぐようにはためかせ始める。眼鏡を外し、裾を持ち上げて乱暴に顔を拭った。
(あ、キレーな顔してるわやっぱ)
言うと怒られそうだが、祐介とはタイプの違う美少年寄りな顔立ちをしている。可愛らしい表情も似合うが、今の男っぽい仕草やジョーカー時の大胆不敵な言動も似合う、中性的と一言で括れない雰囲気を凌一は持っている。
「竜司?」
呼ばれて我に返る。凌一の顔が意外と間近にあったのも手伝って、変な焦りが生まれた。びっくり箱の仕掛けのように立ち上がって大げさに伸びをしてみせた。
野郎の身体と顔なぞをじっくり観察してしまったのはきっと、今頃のパレス疲れと運動疲れがダブルで襲ってきたせいに違いない、うん、絶対そうだ。
「よーしっ、そろそろ帰るか! あっ、何か食ってく?」
「なら俺、ファミレスのハンバーグ食べたい。気になってたんだけどまだ食べられてなくて」
「マジかよ! あれすっげーうまいぞ。行こうぜ行こうぜ」
次はどこか思いっきりはしゃげる場所に出かけよう。怪盗活動と同じくらい、高校生らしく遊ぶ時間も大事だ。
何より凌一と共に過ごす時間をもっと作りたい。互いに馬鹿やって笑い合いたい。真面目な話だってしたい。
——だが、その時間が訪れる気配はなくなってしまった。
