あなたへ、ありったけの愛を - 1/2

 気づくと、自分の家に居候しているあの人のもとへ通うことが増えた。

「こんにちは、昴さん。ごめんなさい、今日も来ちゃって」
「そんな、元々は君の家でしょう? 私は居候させてもらっている身ですし、何も言うことはないですよ」
 ソファーに腰掛ける自分に、今の家守である昴はいつもと変わらない柔和な笑みを向けてくれた。
 アイスコーヒーを入れに台所に向かった背中をぼんやり見送って、明らかに落ち着いた心臓の上にそっと手を重ねる。
 昴――赤井に自らの正体を明かしたのは、ほとんど突発的な行動だった。
 無駄な火の粉をかぶらせるわけにはいかないと秘密を守ってきたはずなのに、あの人の前ではその守りが緩くなってしまっていた。そして、ついに決壊した。
 心から頼りにしてしまっているせいだろう。
 両親とは違うベクトルで、背中を預けられる大人。預けてもいいと言ってくれて、ブレることは決してないと知っている大人。
 明かさないままでいるのは、無理な話だった。
「どうぞ、コナン君」
 受け取ったグラスに二、三度口をつけて、隣でタバコに火を付ける昴を盗み見る。
 ただまったり過ごすのも好きだ。あるいは互いに気になっている推理ものドラマや映画を借りてきて、考察を交えながら鑑賞するのも悪くない。
 でも、今はそれ以上に……。
「……赤井さん」
 敢えて本名を口にして、彼との距離を詰める。
「どうしたボウヤ、やけに甘えん坊じゃないか?」
 こちらの意図を察したのか、あっさりと元の口調に戻して空いた手で頭を撫でてくる。相変わらずのやわらかい動きに、自然と口元がゆるんでしまう。
「だって、そりゃそうだよ。赤井さんと一緒にいるんだもん」
「そういう言い方だと、本当の小学生にしか見えんな」
 喉の奥で笑っているのがわかって、顔に熱が集まる。本当、この人の隣にいるとらしくない姿ばかりを晒してしまう。正体を知っている博士や灰原、服部の前でさえ、高校生男子のつもりで接してきたというのに。
 赤井の膝の上に、向かい合う形で座り込む。頬を寄せた場所はちょうど、静かだが力強い鼓動を繰り返していた。
 赤井がタバコをやめられないように、自分も中毒になっている。底なしの安心感に。
 見上げると、唇に挟まれたタバコが映った。
 今は、自分を一番に気にかけていてほしい。ふとそんな考えがよぎった時には、手を伸ばして抜き取っていた。
「おい、危ないだろう」
 咎める声を無視して、背後のテーブルに置かれた灰皿に押しつける。表情こそあまり変わっていないものの、こちらを見つめる翡翠の瞳は懸念さと若干の混乱が混じっている。
 赤井と深い仲になってから、プライベートの時は意外とわかりやすいことを知った。
 両手で、大きな手のひらを包み込む。スナイパーとしても格闘家としても優れた実力を発揮するための、赤井の生命線と言ってもおかしくない。自分もずいぶんと助けられてきた。
 軽く唇を押し付けると、小さな震えが伝わってきた。もっと触れ合いたくて、両腕を赤井の首に巻きつけようとして……ふと、我に返る。
 よくよく考えてみれば、まるで相当に飢えた獣じゃないか。
「……どうした? そのまま抱きついてはくれないのか?」
 口端を持ち上げてどこか楽しそうに告げてくる赤井はこういう時、少し意地悪になる。同じくらい呆れこそすれ、やめてほしいと思うことはない。
 知ってしまっている。
 低い声が優しく、時に甘い毒となって、鼓膜をよろこばせてくれる。
 鍛えられた両の腕が力強く、時にいたわるように、全身を包み込んでくれる。
 いつでも自分を一番に想ってくれていると知ってしまっているから、心身が震えてしまう。
「全く、ここまで強引に攻めておいて引くとは……とんだ策士だな」
 全身に浮遊感が走り、赤ん坊のように抱き抱えられる。階段を登り、向かった先は自分の部屋だった。
「あっ、赤井さん! まだ外、明るいよ?」
 これからのことを想像して口にするも、全く聞き入れる様子はない。覆い被さると同時に「昴」の仮面を完全に剥がしてしまう。
「だ、誰か来たら危ないって!」
「なんだ、ボウヤは嫌なのか?」
「嫌じゃないけど、こんな明るいうちから……」
「あそこまで煽っておいてよく言えたものだ」
 それは、端的に言えばこういうのを抜きにした「いちゃいちゃ」な時間を過ごしたかっただけであって……!
 そう続けたくとも、唇をふさがれてしまっては意味がない。元の身体ならばまだ抵抗できたかもしれないが、どちらにしろ「大人」である赤井にはきっと、かなわない。
 呼吸も、舌も、お構いなしに絡め取られる。子ども相手とは思えない行為が、だが極上の褒美だった。
 年齢も性別も関係ない。ひとりの人間として愛してくれている。同じ気持ちでいてくれている。
「っあ、か……っ」
 互いの唇をつなぐ糸がはっきりと見えて、たまらず顔をそらしてしまう。
「いつもより感度がいいじゃないか?」
 首筋に濡れた感触が走った。完全な不意打ちに詰まった声は、他の箇所に触れられた瞬間震える吐息へと変わった。
 赤井の言葉が引き金になったと思いたくなるくらいに、堪えられない。
「や、いやだ……おれ、はずか」
「気にするな。俺も、一緒だから」
 固く抱きしめられて、一瞬息をのむ。
 足の先に触れている感触が、固い。
 まだキスしか交わしていないのに、ここまでの反応は……珍しい。
「呆れたか?」
 続いた声は、少しの羞恥を含んでいるように聞こえた。
 ゆるく首を振って、身体を擦り寄せる。可愛いと思ったと素直に告げたら、きっと拗ねてしまうだろう。
 再び降りてきた唇を、今度はおとなしく受け入れた。