ハロウィン小説(2014年) - 1/2

 秋の京都にどうしても行きたいの! と、両親の姿は朝からなかった。時々ああしてはっちゃける部分が顔を出すから息子としては心配になる。
 通っている学校はこれまた朝からハロウィンイベント真っ盛りで絶えず忙しかった。イケメンが多いとあんなにも客、というより女子って群がるものなんだな。イケメン効果ってすごい。
 それはともかく、そんな感じで今日は終わった。まあ普通の三十一日といったところだ。

「呂蒙殿……」

 特に何と約束していたわけではないから怒るのも拗ねるのもお門違いではあるが、仮にも恋人関係にありながら何もないのはやっぱり違和感を覚える。仕方ないと思う。
 まあ甘い雰囲気になると途端にうろたえたり自らつくるのも苦手だしとどのつまり不器用だしそもそも彼は社会人だから忙しいのもわかっている、わかっているけれど。
「……? インターホン、鳴った」
 もう夜の九時を過ぎているのに、一体どんな常識知らずだ。さらに降下していく気分に足音を荒くさせながら玄関に向かう。
 もしセールスだったりしたら思いきり毒を吐きまくって叩き出してやる。
「どちらさ――」
『さ』の形のまま、口が動かなくなってしまった。
 目の前にいるのは、まさかまさかの来客。
「夜分遅くに、申し訳ない」
 恋人がいる。夢みたいだが間違いない、間違いなく呂蒙が目の前に立っている。言葉に相応しい表情をして立っている!
「おっ、おい陸遜!?」
 腕を引っ張って家の中に入れる。靴を脱いでいる時間も惜しい。
 早く、早く抱きしめたい!
「りょもうどの……っ!」
 念願かなって、両腕いっぱいに呂蒙を堪能しようとした時だった。
「待て、待たんか!」
 恥ずかしいゆえの待ったは聞かない。
「クッキーが、クッキーが割れる! 先にこっちをだな!」
 ……くっきー?
 少し頭が回転する。
 呂蒙がそんなかわいらしいものを手にしているなんて、一体どんな秘密が隠されているんだ。
「全く、少しは落ち着かんか」
 呆れたように呂蒙は笑って、目の前に小さな包みを差し出した。おそらく長方形の箱が、オレンジの包装紙と黒いリボンで丁寧に包まれている。
 まさか、これは……。
「呂蒙殿、もしかしてこれ、買ってきてくださったんですか?」
 視線を微妙に外した呂蒙は、はっきりしない相槌を打った。
「いつも、お前からいろいろしてもらっておるから、な。ほんの礼も兼ねてな」
 やっぱり夢を見ているのだろうか。いつまで経っても奥手な呂蒙がこんなサプライズを用意してくれていたなんて、全くの予想外だった。
「呂蒙殿……私、すごく嬉しいです……」
 諸手を振るほど大げさに喜ぶのを通り越して泣きそうになる。だから呂蒙は狡いと言うのだ。無自覚だからタチが悪い。
「そ、そうか。いや、そんなに喜んでもらえるとは思わんかった」
「当たり前じゃないですか……だってずっと忙しくて、何も用意できなかったんですよ?」
 副生徒会長だからそれなりに忙しいのはわかる。だが自身のクラスの準備にも必要以上に関わることになったおかげで、頭の中が学校の仕事で埋め尽くされてしまった。そんな状態でやれ恋人だやれハロウィンだと妄想に浸れるわけもない。
「あー、そう、だったな」
 また呂蒙は歯切れの悪い返答をする。変な違和感に、眉間に力が込められていくのを感じる。
 もしかして、何かを隠している?
「陸遜。トリックオアトリートだ」
 消えない謎に加えて、いきなりのハロウィン用呪文をぶつけられた。今年は一体どうしたと言うのだろう。もう自分の手に届かないところまで行ってしまった。
「だから、何も用意できてませんが……」
 本気で半分夢の中にいるような心地になってきた。
「ああ。それでいいんだ」
 まだ苦笑していた呂蒙が近づき――突然、意地悪い笑いへと、変化した。
「悪戯、決定だ」
 ちゃんと、一から順番に説明して欲しい。そんな願望はいきなりの深いキスと共に薄れてしまった。
 大人の経験値をいやでも思い知らされる、簡単に理性を奪っていく舌の動きにはやはり慣れなくて、あっけなく足から力が抜けてしまった。
「りょ、もうどの……」
 身体を支えてくれた呂蒙を見上げる。こんなキスをしておいて当然終わりにするつもりはないよなと、回らない口の代わりに目で必死に訴える。いつものお得意な「恋人だが生徒と教師でもある」というつまらない言い訳は聞きたくない。
 もし口走りでもしたら無理やりその気にさせて――
「これくらいでへばるとは、まだ悪戯し始めたばかりだぞ?」
 ありえない。返答もだが、お姫様抱っこをして寝室に連れて行って、早々に服を脱がせてしまうなんて、本当にありえない。
「どうした? いつもなら積極的にねだって来るくせに」
 ベッドサイドの淡い光の下で、やはり呂蒙は意地悪く尋ねてくる。かさついた感触と固い髭が首筋から鎖骨へと滑り、もどかしい刺激を与えてくる。
「呂蒙、どのが今日は、積極的でいらっしゃるから……」
「そうか。俺のせいか」
 小さく笑った呂蒙は胸元をそれぞれ舌と指で緩くいじり始めた。はじめこそたまらなく気持ちよかったが、徐々に物足りなくなってくる。
「……どうした? 胸、突き出てるぞ」
「や、もっと、りょもうどの……!」
「もっと、なんだ?」
 改めて懇願するなんて、恥ずかしい。耐えられない。これで精一杯だ。
「む、むりで」
「忘れたのか、陸遜。これは悪戯だぞ」
 思わず、唇を引き結んでしまった。
 悔しい。
 大人が本気になると全く歯が立たない。みっともなく流されるしかできなくて、悔しい。
 好きだけど、悔しい!
「もっと胸、いじって……下も、もう、我慢できない、んです……っ!」
 顔を見られたくない。相手の顔も見たくない。視界を真っ暗にして叫ぶように告げる。
「よくできたな」
 答える呂蒙の、なんと楽しそうな声音か。授業中のノリにも近い。
 絶対わざとやっている。意識したくなくとも、授業のたびに今日を思い出すとわかっていてやっている。
 今夜の呂蒙がここまで意地悪くなるなんて、完全にしてやられた気分だ。
「……あ、っあああ!」
 思考回路はまた中断された。待ち望んだ快感を、かき集めんとする勢いで求める。みっともなく身体が動いたって構いやしない。
「……俺が、わざわざ弄らなくても大丈夫そうだな?」
「や、だ! りょもうどの、もっと触って、ほ……」
「なら、イくまで自分から動くのは禁止だ。わかったな」
 期待と不安で胸の内が震えたが、実際に当たったのは後者の方だった。
 高みへ連れていくための愛撫ではなくなった。ぎりぎりの淵をさまよわせるための、苦痛なだけの愛撫に変わった。
 もう下半身の内側が限界を訴えて暴走しかけているのに、快感が、熱が溜まっていくばかりで達することができないなんて、半殺し状態と変わらない。
 いやだ。苦しい。気持ちが悪い。早く、早くどうにかして。
「! りくそっ、んっ!?」
 懸命に身体を起こして、舌を伸ばしながら呂蒙に口づけた。驚きで引っ込んでいるそれを強引に絡めて、意識を逸らせようとする。
「ふ、ぁああ……は、ふ……っ」
 自ら、苦しいと密を垂らし続けている箇所へ手をあてがう。いつものように上下に動かすだけで背中に寒気が走った。
「っま、たんか陸遜!」
「もう、いく……っ!」
 頭から爪先まで、痺れが一気に駆け抜けた。
 待ち望んだ瞬間が訪れて、頭の中が白一色に染まる。快楽以外の情報が一切入らない世界へ連れて行かれる。全身が意味のない震えを繰り返すばかりでうまくコントロールできない。呼吸もおぼつかない。
「……陸遜」
 ようやく目に映る景色を、景色として認識できてきた頃に、恋人の声がかかった。
「その、すまん」
 遠慮がちに頭を撫でられて、心地よさに自然という目蓋が落ちる。
「少し、いや、だいぶ調子に乗りすぎた、な」
 本当です。いくら悪戯だからって、度が過ぎてます。
 普通ならへそを曲げてもおかしくないほどの暴走ぶりだとは思う。思うのに、自分がおかしいだけなのだろうか。
「……私は、嬉しかったですよ?」
 重さを増した目蓋をゆっくり持ち上げて、いつもの奥手な雰囲気に戻った呂蒙に微笑む。
「だって、いつも我慢なさっているでしょう?」
 返ってきた反応からすると、どうやら本人はうまくごまかしていたつもりでいたらしい。歳こそ違えども同じ男、内心なんてすぐにわかる。
「呂蒙殿の性格上、いつもこんなことできないってなるなら、こういう特別な日くらいは、思いきり恋人らしくイチャイチャ、してください。私もしたいです」
 自分が卒業すればもう少しましになるだろう。だからそれまではお互い我慢するしかない。頑固な呂蒙の気持ちを曲げようと努力するくらいなら、卒業を大人しく待ったほうが得策だ。
「……おまえは本当に、俺にはもったいない恋人だよ」
 頬にキスを落としてくれる。
「ふふ。恐縮です」
 自分も頬にキスを返す。変わらない髭の感触が大好きで、落ち着く。
「じゃあ、ここからは……普通の恋人らしく、するか」
 やっぱり照れくさそうな呂蒙はたまらなく可愛かった。