「安室さん……いや、降谷さんに説教しに来ました」
夕方、ポアロに一人来店してきたコナンに、路地裏に連れ出された。
いつもと違った様子だったからおとなしくされるがままでいたけれど、なるほど、本名を口にするということは店内ではできない会話が待っているようだ。
「わざわざその名前を口にするんだから、相当な理由がありそうだね」
大きい青の瞳を斜めに釣り上げてはいるものの、本気の怒りを向けているわけではないのはわかる。だがいい加減な気持ちではないのもわかる。
「僕に協力してほしかったんなら、ちゃんと素直にお願いしてよね」
先日の事件のことを言っているようだ。公安の人間としては情けない限りだが、この少年が協力者でなければきっと解決できなかった。
「わかってるよ。テロ事件に持ち込みたかったって理由もわかってる。でも、あんなの」
コナンと目線を合わせて、軽く頭を撫でる。
「……あの時は本当にありがとう。子どもである君の助けがほしい、なんて本来なら許されるべきことじゃなかったけど、日本全体の危機と言っても過言ではなかったし」
「僕は探偵だ」
ふいに、大人びた双眸でこちらを射抜いた。
「探偵だから、依頼してくれたら全力で事件に立ち向かうよ。……あんな、回りくどいことしなくたって、するよ」
だが、のんだ息を吐き出している間に、翳ってしまった。
「……蘭姉ちゃん、泣いてた。英里おばさんもすごく心配してたし、おじさんも」
ああ。この少年は、自らが傷つくよりもまわりが傷つくほうが堪える性格だった。
今回、盗聴中も含めて長い時間コナンと時間を共にして、過去に様々な難事件にどう立ち向かっていたのか安易に想像できてしまった。
一人で守りながら戦い、生還して、けれど命を落としてもおかしくない傷もきっと負ってきただろう。
コナンの交友関係者を軽くリストアップしてみても、推理力と身体能力共に引けを取らない人間は、大阪にいる高校生探偵を除けば、いない。……FBIのことは敢えて考えていない。
腹の底が震えた。こうして対峙している今が、訪れなかった可能性もあるのだ。
「……ごめんね。これは多分、職業病ってやつだと思うんだ」
もう一度、頭を撫でる。くすぐったそうに肩をすくめる彼に、少し和んだ。
「相手も次どう出てくるかわからなかったのもあったし、今思えばみっともないくらい切羽詰まっていたのかもしれない。君の大切な人たちを無駄に傷つけてしまって……本当に、申し訳なかった」
なぜか、コナンの表情が歪む。
「安室さんだってなんとも思ってないわけないじゃないか……」
そう聞こえた気がするが、声が小さかったので自信はない。
人間らしい感情は極力排除しないと、この仕事は務まらないと思っている。
何も感じないわけではないが……すべては日本の、ため。
――ああ、でも。この子がぼろぼろになる姿は、絶対見たくないな。そうならないために、隣に立って、あるいは背中に立って、守りたいな。
「っあ、あむろさん?」
「そうだな。今度またこういうことがあったら、素直に君に頼もうか」
腕の中の小さな身体が震えるたび、口元が緩む。
「そうでもしないと、どういう行動を取ってるかわかったもんじゃないしね。例えば公安の人間に盗聴器をつけたりとか」
「さ、先に盗聴してきたのはそっちじゃないか!」
「探査機騒ぎの時は車から飛び出しかねなかったし。今までもああやって後先考えず行動することもあったんだろ?」
「だって蘭……姉ちゃんたちがいるところに直撃するって言われたら!」
口の端がますます持ち上がる。こういうのをいわゆる「ギャップ萌え」と言うのだろうか?
改めてコナンと向き合うと、案の定拗ねていた。大人と子どもが同居しているような、本当に不思議な少年だ。
ますます、目が離せない。
「ああいう時、僕みたいな頼れる大人がいてよかったって思わない?」
「……自分で頼れるって言っちゃうんだ」
「一応部下を束ねてる立場だからね。僕も君のことはすごく頼りにしているし……絶対失いたくないくらい、大切なんだよ」
大きな瞳がさらに見開かれて、うっすらと頬が赤くなったように見えた。
「どうしたんだい?」
「な、なんでもない」
俯きかけた顔を、両の頬をすくい上げることで防ぐ。動揺が強まっていくさまがただ可愛くて、また抱きしめたくなってしまう。
「そんなあからさまな反応してるくせに、嘘が下手だね」
歯ぎしりでも始めそうな唸り声を上げるも、見逃しはしないというこちらの意思を察したらしい。
「あ、安室さんって、日本が恋人なんだよね?」
「ああ、そう言ったね。あの時」
「でもあの、今の言葉って、その」
「告白みたいに聞こえたかな?」
笑顔混じりに言ったらきっと信じてもらえない。現にそう受け取った突っ込みが返ってきてしまった。
ここでいかに本物であるかを証明してみせてもいいけれど、少しずつ外堀を埋めていく作戦のほうがいいかもしれない。
大事なひと相手にはひたすら一途だというのをわかってもらわなければ。
「大切って言っても、いろんな意味があるでしょ? 果たしてどういう意味なのか、その素晴らしい頭脳で推理してみせてよ。名探偵くん」
片方の親指で、小さな唇をそろりとなぞる。悲鳴にならない悲鳴をあげた名探偵は大げさに距離を取った。
まるで熟れたりんごのようだ。どこまでも初(うぶ)な反応に悪戯心がもっと、と顔を出してしまうが、さすがに抑えないといけない。
「と、とにかく! ちゃんと素直に頼んでね!」
聞かなかったことにしたのかすぐに答えを出せないという意味なのか、思い出したように最初の要件についてだけを一方的に叫んで、走り去ってしまった。
「ああいう姿を見てると、とても同一人物とは思えないなぁ」
コナンも大した「役者」だと思う。新しい顔を知るたび、さらに目が離せなくなってしまう。
一人の人間にここまで執着したことなんてないし、そもそもそういう感情はずっと抱かないと確信さえしていた。
……全く、黒の組織はとんでもない運命を運んできてくれたものだ。
ポケットに入れていたスマホが震えた。梓の名前が表示されているということは、ヘルプの要望に違いない。
――さて、これからどう動こうか。
予想通りだった電話を切って、口元を懸命に引き締めながらポアロへと戻った。
