ふと瞼を持ち上げると、目の前にあたたかな「壁」があった。それがむき出しの安室の背中だと気づいて、短いため息がこぼれる。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。辺りは暗いから、真夜中といったところだろうか。
何とはなしに背中を見つめて、そっと手のひらで触れた。
当たり前だが、大きい。今こそ、手を伸ばせば握り返してくれる頼れる存在だが、公安という肩書にたどり着くまでは得体のしれない気持ち悪さに加えて、うっかり触れたら致命傷ではすまない傷を受けてしまいそうな、畏怖の存在だった。
「……コナン君?」
反射的に手を離してももう遅い。人一倍気配に敏感な人なのに、起こしてしまった。
ベッドサイドランプに明かりを灯した安室が、身体ごとこちらに振り向く。気遣うような色が見えて、ますます申し訳ない気持ちになる。
「大丈夫かい? 身体、どこか辛いところでも……」
慌てて首を振ると、ほっとしたように表情を緩めた。
「ちょっと目が覚めちゃっただけなんだ。ごめんね、僕も起こしちゃった」
「そんなこと気にしないでいいよ。……ほら、いつも無理をさせてるのは僕のほうだしね」
少しからかい気味に囁かれて、閉口してしまう。恋愛経験がゼロに等しい自分には、上手な返しなんてできない。
「安室さんの背中、とーっても頼りがいがあるなって思ってただけだから」
それでも悔しいから、素直に褒めてやろうと思った。いつも羞恥心が優先して捻くれたことを口走ってしまうから、どぎまぎする安室が見られるかもしれない。
「ボクが無茶しても絶対助けてくれるし、そばにいてくれたらすっごく安心するし」
「だから、もう手放せなくなっちゃった?」
「そっ、そうだよ」
爽やかな笑顔で勝手に続きを紡がれて、半ばやけくそ気味に頷いた。
だが、追撃はまだ終わらない。
「僕が隣にいないと落ち着かないんだ」
「お、落ち着かないよ」
「この先何があってもずっといてほしいんだね」
「……いて、ほしいです」
完全な尻すぼみになってしまった。やっぱり、この人には全然かなわない。十二年の差はだいぶ大きい。
「ふふ、まるでプロポーズみたいだね。嬉しいな」
頬を少し赤らめて、満面ではなく喜びを噛みしめるような笑みがリアルすぎて、思わず背中を向けてしまった。もうだめだ、この空気に耐えられない。
「っひ、っ!?」
背中を上から下までそうっとなぞられて、身を捩る。まさか、また……?
「コナン君の背中は、小さいね」
予想に反した言葉だった。次いで、髪の毛のさらさらとした感触が加わる。
「でも、自分でも不思議だと思うんだけど、時々すごく大きく見えるんだ。子どもじゃない、大人に近いかたちに」
心臓がひとつ、大きく跳ねた。
「君と大きな事件を経験して、改めて実感したよ。君は本当に、ただ者じゃない。単なる小学生じゃない」
偽りの小学生だと言いたげな口調だった。
その推理は正しい。ベールを少しずつ剥がされていくような、いやな緊張感が高まっていく。
このまま背中を向けていたかったのに、安室が許してくれなかった。上から見下されて、逃げ場を失ってしまう。
「君は、何者なんだ?」
表情は無に近いのに、縋るような声音だった。
今の安室になら、正直に打ち明けてもいいことはわかっている。バーボンとして有利に動こうとも思わないはずだ。
それでも……自身の、覚悟が足りない。勇気が足りない。臆病が消えない。
どれだけ時間が経っただろう。はやく、何かを答えなければ。怪しまれるばかりだ。
「僕は、江戸川コナンだよ」
ぴくりと、目元が動いたように見えた。
「……でも、あなたの推理は、正しいよ」
それだけを告げるのが、精一杯だった。
二言目をどう受け取ったのか、安室はかすかに口元を緩め、頭をそっと撫でた。
もっと時間を消費すれば、真実を告げられるわけじゃない。
理解はしていても、気持ちがまだ追いつきそうになかった。
