君にいっぱい甘えたいんだ - 2/2

【赤コVer】

「あっ、あれれ〜? 昴さん、どこに行っちゃったの〜?」
「今日はボウヤ以外に来客予定がないからな。休息日だ」
「それでも危ないでしょ! あーびっくりした……」
 出迎えてくれた恋人が、昴の姿ではなかった。
 思えば、これが最初の違和感だった。
「……ねえ、赤井さん。今日ってそこまで気温高くないよね?」
「そうか?」
 春先にふさわしい、過ごしやすい日だった。室内でもそれは変わらないと思っていたが、赤井はどこかだるそうな表情をしていた。
 決定打は、ソファーに座っていろと頭を優しく撫でられた時だった。
「な、なんだ?」
 掴んだ手は異様に熱く、念のため確認した緑色の双眸も若干潤んでいた。
「やっぱり。赤井さん、熱があるよ」

 ミネラルウォーターのペットボトルを持って、今は沖矢昴の部屋となっている客室に入る。赤井は太ももに腕を乗せた体勢でベッドに腰掛けていたが、がっくりと垂れた頭が激しい倦怠感を訴えていた。相当具合が悪かったのだろう。
 持ってきた物をサイドテーブルに置くと、ペットボトルの中身が半分ほど消えた。あとでもう一本持ってこよう。あとは濡れたタオルで顔を拭いて、冷やしてあげないといけない。風邪薬のストックはあっただろうか。やることがいっぱいだ。
「やっぱり、ボウヤの目は誤魔化せないな」
「あんなにわかりやすくしてたら誰でも気づくよ。っていうか、朝から具合悪かったでしょ」
 さあな、と明らかな嘘が返ってくる。連絡してくれれば今日は訪問を遠慮したのに、どうして……。
「俺が何も言わなかったのが不思議か?」
 どこか愉快そうに訊かれて、素直に頷く。
「ボウヤと会うのを楽しみにしていたから、と言ったら信じるか?」
 息を詰まらせた。あの赤井が、そんな可愛らしい理由で?
 信じられない自分と信じたい自分がちょうど左右に並ぶ。いつもわがままを言ってしまう立場にあるからこそ、余計に驚いていた。
「そんなに意外だったか?」
 赤井はかすかな困惑を浮かべていた。まさか、自覚がなかった?
「だって、赤井さんのわがままとか聞いたことないよ?」
「ボウヤとここで定期的に逢瀬を重ねているのは、元々は俺の希望だったはずだぞ」
「それはわがままに入らないよ。だって、その、僕たち……恋人同士だし」
 改めて口にすると破壊力抜群だ。頭を抱えて床を転げ回りたくなる。
 と、深い深いため息がベッドから響いた。天井を仰ぐポーズで目元を覆った赤井の姿は、ひどく呆れているようにも見える。
「……ボウヤ、頼むから煽るようなことを言わないでくれ。身が持たん」
 煽るって、どこが?
 本気で意味がわからない。ただ事実を言っただけじゃないか。
 とりあえず、残りの必要な物を取りに行こう。
「え、あの、赤井さん?」
 腕を掴まれて、向かい合わせに抱き込まれてしまった。
「だが、わがままを言って正解だったな。看病してもらえるだけじゃなくて、こんなに可愛い姿を見せてくれるなんて思わなかったぞ?」
 声だけで、あまり見られない柔らかな笑顔が刻まれているのだとわかってしまう。
 こっちはこっちで、コインの裏側のような姿をばんばん披露されて動揺が止まらない。風邪の威力たるや、すさまじい。
 精いっぱい腕を伸ばして、赤井の身体に回す。伝わってくる高い体温とこの状況とで、のぼせてしまいそうだ。
「……誰かにこうして世話してもらうのは久しぶりだから、なんだかくすぐったいな」
 根拠はない。それでも確信があった。静かに呟いた赤井の脳裏には、かつての恋人が蘇っている。
 目の前で絶命してしまった、あの女性が。
 黒いシャツをぎゅっと握りしめる。どんな言葉を用意して、声をかけてあげればいい?
「……僕が、ずっと隣にいるよ。赤井さんがちゃんと治るまで、ずっと」
 慰めになったかも、喜んでもらえたかもわからない。ほんの少しでも沈んだ心を持ち上げられたのなら、いい。
「それは……なにより、心強い」
 赤井の腕の力が、強まった。
「そして、今日のボウヤはある意味恐ろしい」
 そのままベッドに倒れ込んでしまった。まるで赤井の抱きまくら状態だが……まさか、本当にそうするつもりなのか。
「ちょ、ちょっと待っ、っひゃ!?」
 首筋にちりっとした痛みが走った。
「いきなりなにするんだよ!」
「体調不良でなければ、今すぐにでもその服を剥ぎ取っているところだ」
 恐ろしいの意味が、わかったか?
 不敵に微笑まれて、おとなしく頷くしかできなかった。
「じゃ、じゃあ僕、離れたほうがいいよね? ほら、濡れたタオルとか薬とか、いろいろ持ってきてあげたいから」
「いや、今は必要ない」
 あっさり却下された。今度は横抱きにされて、布団まで被されてしまう。
「え、寝るつもり、なの?」
「もちろん」
「このまま寝たら悪化しちゃうよ! 薬飲まないと」
「あとでいいさ。今は、ボウヤと一緒に寝たい」
 ずるい。……そんなに甘い、縋るような声で言われたら、無駄な抵抗でもできなくなってしまう。
 眠気を誘うような呼吸音が聞こえ始めた。物は試しと、回された両腕をそっと外そうとしてみるが全く動かない。
 ……それだけ、そばを離れたくないという赤井の、確固たる意思のあらわれだという、ことだとしたら。
(やばい……今のオレ、絶対誰にも見せらんねー顔してる)
 たとえ恋人相手でも無理だ。赤井にすっぽり収まるサイズでよかったと、今だけ内心で手を合わせる。
 履いているズボンのポケットに、スマホを入れていることを思い出した。数分格闘して、左腕だけなんとか自由を取り戻す。利き腕ではないが、この際贅沢は言っていられない。
 メッセージアプリを起動して、赤井の容態と、部屋で眠る彼に付き添っているために手が離せないから必要なものを用意してほしいというお願いを、倍の時間をかけてまとめる。博士宛に送信すると、すぐに了解の返事がきた。
 ようやく自分も落ち着けた気がする。いつも変わらない姿で接していた赤井が調子を崩したことで、無意識に気が張っていたのかもしれない。
「ゆっくり休んでくれよ。ちゃんと、ここにいるからさ」
 それぞれ逆の立場を体験するのも、たまにはいいものだ。
 持ったままのスマホが再び震えて、博士の到着を教えてくれた。感謝の返事をしようとして、気づく。
(こ、これどうやって博士に言い訳すりゃいいんだよ……!)
 部屋に入らないよう伝えておくべき、今さらな後悔が押し寄せる。
 頭をフル稼働させて、少しでも怪しまれないような言い訳を必死に考えるのだった。

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