こたつ蜜柑

 生徒会室の扉をノックすると、中から妙に間延びした声が返ってきた。
「失礼します。……って」
 勇気だけか? そう続けようとした言葉は途中で止まった。
「トモ〜。ここに来るなんて珍しいじゃん?」
「珍しいじゃん? じゃねえって。なんでここにコタツがあるんだよ」
 部屋の中央にわざわざ畳が敷かれ――勇気がジョーカーとの勝負に勝つまでは本当に畳を敷いていたらしいが――、その上に本来ならないはずのコタツが鎮座している。勇気はその中に下半身を入れて、テーブルの上にだらりと身を預けていた。
「なんかね、空也さんがもらってきたんだって。寮の部屋には置けないし、だったらここに置こう! って」
「それ、よく高東さんが怒らなかったな……」
「むしろ呆れてた。でも空也さんが素直に言うこと聞く性格でもないからって」
 説得力抜群の理由にこちらも呆れてしまう。
「で、その鷺森さんと高東さんはどこに?」
「二人にお願いしたい仕事があるんだって三年生の人がやってきて、ついさっき行っちゃった。俺は留守番〜」
 ほわんとした顔で答える勇気に自然と口元が緩んでしまう。だんだん羨ましい気持ちも募ってきた。
「トモは空也さん達に用事だったの?」
「まあ。こないだ持ってきてもらった書類で、ちょっと訊きたいことがあって。お前にも聞いてもらいたいことだけど、みんな揃っててくれた方がありがたいかな」
「そっか。じゃあ、忙しくないなら戻ってくるまでここにいたらどうだ?」
 非常に魅力的なお誘いだった。仕事はまだ残っているが、ずっと憧れだったコタツがある上に、恋人である勇気と二人きりの時間も過ごせる。どう考えても乗らない手はなかった。
 失礼しまーす、とちょっと浮かれた気持ちで靴を脱ぎ、勇気の隣に腰を下ろす。
「うっわ、あったかすぎ……最高すぎる……」
 溜め息混じりに呟くと、勇気が嬉しそうに相槌を打った。さらに、テーブルの中央にあった蜜柑を一個手渡してくれる。
「やっぱコタツと言えば蜜柑だよな! 空也さんがそう言って買ってきてくれたんだ」
「サンキュー。ずいぶん綺麗なオレンジ色だな」
「だろ? 絶品すぎる甘さでマジうまいぞ!」
 勇気の笑顔に釣られる形で皮を剥き、一房口に入れる。確かに酸っぱさを全く感じない、果実の甘味が口の中に広がって自然と「うまい」が溢れてしまう。
「さすが、勇気の食レポは当てになるわ。すっげえうまい」
「もっと食べたくなるけど、空也さん達はまだ食べてないから我慢我慢……」
 呪文のように繰り返しながらも思いっきり消化不良な表情につい笑ってしまう。相変わらず食べ物を前にすると素直すぎる恋人だ。
「ほら、勇気。口開けろ」
 二房を手にして、勇気の口前へ持っていく。
「えっ、い、いいよ。せっかくなんだから、全部トモが食べなよ」
「いいから。俺がお前にあげたいの」
 唇に軽く押し付けると、勇気の頬が薄く赤に染まる。恋人らしい仕草にはまだ慣れていない彼は本当に可愛い。
 戸惑い気味に開かれた口の中へ蜜柑を押し込み、礼代わりに上唇を軽く親指でなぞる。ぴくりと身体を震わせた勇気にたまらなくなり、軽く口付けた。
「蜜柑、もっと甘くなったか?」
 ようやくという調子で咀嚼した勇気は俯いて「ばか」と小さく呟く。ますます愛しさがこみ上げ、今さらながら隣に座ればよかったと後悔が沸いた。隣は隣でも、この位置では抱きしめるのも一苦労だ。
「でも、ほんとコタツ最強だ。一度入ったら出らんねえわー」
 もっと甘い雰囲気を味わいたいところだが、鷺森達が戻ってくると特に勇気が困り果ててしまうだろうから、敢えて話題を切り替えてやる。それに憧れのコタツをもっと堪能したい気持ちもあった。
 残りの蜜柑をすべて消化してから、勇気がやっていたようにテーブルの上に頭を預ける。ああ、これは気持ちよさトップクラスだ。冬の睡眠をすべてこれで取りたいくらいだ。
 小さく笑った勇気も、再び同じ体勢を取る。
「だよな。俺、実家コタツなかったから密かに憧れだったんだ」
「そうだったのか」
「うん。母さんが『コタツがあるとダメ人間になるから禁止!』って言って、買ってくれなかったんだ。でもわかる。これはダメ人間になっちゃうよ……」
 勇気に睡魔がにじり寄ってきたのか、瞬きの回数が明らかに増えだした。だが自分も突っ込んでいられるような状況ではなく、目蓋を持ち上げるのがしんどくなってきている。
「一人暮らししたら、絶対コタツ買お……この天国を知っちゃったら、無理」
「一人暮らし、する予定なのかよ……」
「そりゃあね……大学生になる時は、多分するんじゃない……?」
「一人暮らしじゃなくて、俺と同棲だろそこは……」
「同棲……? ふふ、トモ、俺と暮らしたいんだ」
 勇気の笑みは、眠気のせいか目元が溶けるように波打っている。
「当たり前だって……お前は、俺と暮らすの嫌なのか?」
「ううん、嫌じゃないよ。ここ卒業しても、お前と離れるなんて多分……無理」
 そして、やけに素直だ。その素直さを噛み締めたいが、さらに増した眠気に上書きされてしまう。
「じゃあ、予定な……二人で暮らす時が来たら、コタツ、絶対に買おう……」
「オッケー……」
 もう、限界だった。

 それから鷺森と高東に起こされ、それぞれから生暖かい視線と呆れた視線をもらったのは言うまでもない。

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