ファーストキスのキラキラは客観的視点 - 2/2

 双葉の様子がどうもおかしい。
 約束場所で落ち合ってすぐに察した違和感は、彼女が行きたいところ中心で組んだ場所を回っていても全く消えなかった。
 一言で言えば、挙動不審なのだ。出会った当初の彼女に戻ったかのような雰囲気を纏っていて、なおかつわかりやすい隠蔽をしようと四苦八苦しているから、余計に気になってしまう。
 もちろん自分は何もしていない。デートの予定決めの時も、あくまでチャットの文面での判断だがいたって普通だった。

 デートが久しぶりすぎて、緊張している?

 実家に戻ってから身辺が忙しなくなり、双葉自身も入学の手続き等があったことで、何だかんだで二ヶ月ぶりの再会になってしまった。恋人同士という関係に彼女もまだ慣れていない。
 だが……どうにも素直に飲み込めない、この感じはなんだろう。
 約一年間の怪盗生活で磨かれたらしい第六感がノーと訴えている気がする。
 かくなる上は、絶好のシチュエーションであるこの観覧車内を利用して、当たって砕けろの精神で尋ねるしかなさそうだ。

「りっ、凌一!」

 と、意気込んでいたら出鼻をくじかれた。
 向かいに座る双葉は、搭乗してからずっと絶景には目もくれず、俯いたまま太ももに置いた拳を震わせていた――が、勢いよく立ち上がった。反動で車内が揺れる。
「双葉、危ないから早く座って」
 大人しく彼女は従った。自分の隣に。
「ど、どうしたんだよ?」
「ん!」
 顔を上げたまではよかったが、こちらの腕を掴み、目を固く閉じたまま微動だにしない。
「えー、と。これは一体」
「い、いいから早くしろ! わたしはもう、覚悟を決めた!」
 いつも以上の不可解振りに、途方に暮れる。この調子では真相もすんなり聞けそうにない。
 たったのひとつだけ、予想できそうなのは……。
 微妙に震える双葉の頬に手を添えて、一気に距離を詰め、すぐに離れた。

「っこ、こんなあっさり、ちが、違うだろバカ! 空気読めええぇ……!」

 彼氏から初めてのキスを受けた直後に、両手を地に、もとい椅子についてがっくりと頭を垂れる彼女はそうそういないと思う。
「まさか絶望のポーズをされるとはねぇ」
 目を閉じて唇を付き出していれば、誰でもキス待ちだと判断する。
「あ、もしかして……嫌だった?」
「い、いやじゃないよ! そこはっ、その間違って、ないから!」
 真っ赤な顔をしてたどたどしく否定する双葉が可愛く見えるだけなのは相当毒されている証だと思う。抱きしめたい欲を抑えて頭をひと撫ですると、少し落ち着きを取り戻したようだった。
「……お前、やっぱタラシだ。元々リア充属性だったに違いない」
 落ち着いたのはよかったが、拗ねられた。
「いや、自他共に認める地味っぷりだった」
「言い切るとか、精神鋼かよ。てか、冗談だからね」
 双葉は短く息をついて、足を抱え込みながら座り直す。
「……前に、さ。なんかのマンガで見たファーストキスのシーンが、やけにキラッキラしてたの、思い出したんだ。ついこないだ」
 恥ずかしそうに尖らせた唇から、呟きが溢れ出した。
「読んだ時は美化しすぎとか爆ぜろとか思ってた、けど。い、いざ自分がリア充側に来たら、少し、気持ちわかっちゃって」
 ようやく、彼女の心が見えた。
 ずっと様子がおかしかったのも、思わず絶望してしまったのも、彼女なりに覚悟を決め、同時に物語の世界だけだと思い込んでいた恋人らしい体験に、羨望を高めていたのだ。
「自分も、そういうの体験したいって思っちゃった?」
「ば、ばかにしてるだろ。笑ってるし」
「違う違う、これは嬉しくて笑ってるだけ」
 目を見開いた双葉が身体ごとそっぽを向く。照れ隠しなのは百も承知なので、背中から抱きしめてやった。初な反応をするたびに意地悪な自分が頭を覗かせて、大体素直に従ってしまうが、堪える。
 正直、天然の言動にここまで惑わされるとは思わなかった。「漫画のようなファーストキスを体験したい」なんて一撃必殺級の告白を受けてぎりぎり堪えられているのは紛れもない、怪盗活動の賜物に違いない。

 そう、双葉の可愛らしい夢を叶えてあげなくては。
 自信はないが、漫画のような恋人同士のキスを、演出してあげたい。

「じゃあ、今からやり直しだ」
「えっ?」
 片手は双葉の手に触れ、ゆるく恋人つなぎをする。もう片手を頬に添えると、揺れていた双眸が自分に固定した。
 親指で、顎の下に力を加える。あっさり開かれた唇は無防備に、自分を待ちかまえていた。
「りょ、いち……」
「好きだよ。双葉が、大好きだ」
 そのまま距離を縮めていくが……双葉の瞳は、一向に閉じられない。
「双葉。目、閉じて」
「えっ、さ、っきみたいに?」
「寝るみたいな感じで、かな」
 喩えがよかったのか、ゆっくりと目蓋が下りる。
「よくできました」
 触れた箇所から、小さな震えが伝わってきた。背中を優しく撫でると少し緊張が解けたようで、唇の柔らかさが増した気がする。
 角度を変えると、吐息と共に溢れた声が耳を刺激する。うっかり深めたくなる欲を懸命に封じながらもう一度だけ繰り返して、そっと離れた。
 本当はもっと欲しい、貪ってしまいたい、情欲に染まりきった彼女を見たい――。
 浅く呼吸を繰り返す双葉の唇に再び引き寄せられそうになるも、自分達が今置かれている場所の名前を何度も頭の中で唱えて、崩れそうな理性を必死に留める。
 焦りの先にあるのはきっと、傷ついた双葉の姿だ。着実に少しずつ、歩を進めていけばいい。
「りょういち」
 上着を掴まれ、互いの距離がまた縮まる。
「ふた、ば?」
 戸惑うこちらを他所に、顔を持ち上げた双葉は、繰り返した。
「もっと、して」
「もっと、って」
 赤い頬が、さらに色味を増した気がした。相当熱いのか、瞳も潤んでいる。
 自然に喉が鳴り、からからに乾いていることに気づいた。
「き、気持ちよかったんだ。ふわふわして、もっと味わいたいって、思ったんだ。だから」
 反射的に腕が持ち上がり、双葉のくちびるを人差し指で押しとどめていた。
 全く、ひとの気も知らずにどこまで煽れば気が済むのだろう。素直というのは本当に恐ろしい。
 積極的になってくれるのは、恋人冥利に尽きる。問題は、場所。そして想像力の足りなさ。
 もうすぐ、観覧車はゴールに辿り着く。
 期待と怪訝が混ざった双眸を受け止めつつ、双葉の耳元に唇を寄せた。
「もっとすると、キスだけじゃ止まらなくなるよ?」
 我に返った双葉が素早く距離を取ったのを見て、安堵すればいいのか悲しめばいいのかどちらも感じればいいのか、何とも表現できない気持ちになったのは……仕方ない。
 

『おイナリ』
『今度はどうした? 喧嘩でもしたか』
『違う。……相談、したからな。報告だ』
『綺麗なキスとやらか』
『……漫画みたいな綺麗は、なかった気がする』
『と、いうと?』
『ただ、底なし沼みたいだった。なんというかこう、引き込まれるみたいな。吸引力抜群みたいな』
『よくわからんが、それだけ聞くとむしろ恐ろしいじゃないか』
『恐ろしいどころか、幸せになるんだよ!』
『ますます難解になったぞ……』
『うまく言えないんだよ仕方ないだろ! とりあえず、綺麗じゃなかったってことだ、サラダバー!』

 何とも表現できない気持ちに、祐介もしばらくの間悩まされることとなったのだった。

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