前編 - 2/2

「で、今度は俺が抱きしめられる係なのね……」
「いいだろ? さっき俺もこういうことしてたいって言ったじゃないか」
「確かにちゃんと覚えてますけどさ……ま、いっか」
 そう呟きながらもどこか不満気だ。
 マンションを出た時には夕方だったということもあり、夕食を早々に済ませると適当なホテルに駆け込んだ。
 それから、どれだけの時間が過ぎたのか。
 まるで獣にでもなったのではないかと思うくらいに互いを求め合った。身体が限界を訴えなければまだ行為を止めなかったかも知れない。
 こうして濃密な時間を過ごせるのは今日だけ。明日になれば陽介は稲羽市へ帰ってしまう。
 いつもなら眠りにつくはずの時間を起きて過ごしているのはきっと、陽介も同じことを考えているからに違いない。
「俺にこうされるの、不満?」
 陽介の耳元に唇を寄せて、囁く。
「っちょ、耳やめろって! 不満じゃないよ、ただ俺がやりたかったなって思ってただけ!」
「なんだ。じゃ後で交代しよう?」
「交代しよう? って……全く、相変わらず変なところで天然ねお前」
 呆れたように笑って、頭を擦り寄せてくる。首筋に当たる髪の毛にくすぐったさを覚えながら、ひとつキスを送った。
「にしても、久々にこーゆーことしたからさすがに疲れたなー。もちろん幸せ疲れってやつ?」
 また恥ずかしいことを……。仕返しに少しからかってやることにする。
「そんなこと言って、俺がいない時は一人でしてたんだろ」
「なっ……!」
 横目で盗み見る陽介の顔は真っ赤だった。もしかしなくても図星だろうか。
「俺のこと想ってやってたりして。ま、恋人冥利に尽きますけど」
「おっ、おおおまえはどうなんだよ!? 俺にそういう話振ったんならお前も答えろよな!」
「してないよ。だって毎日一人片付けで忙しかったし、夜は夜で両親忙しいから家事全部やらないといけないし」
 もちろん嘘ではない。元々一人でそういうことをする回数も少ない方だと思っているが、引越ししてからは片付けと家事の毎日ですっかり早寝早起きの毎日だ。性欲より体力回復を優先したいと全身が訴えている。
 見事に疑う隙が見つからないと悟ったのか、陽介の勢いが急になくなる。唇を尖らせてこちらを睨みつけてきた。
「お前ずるい。マジずるい。俺にだけ恥かかせてずりーよ!」
「うまくごまかせばよかっただけだろ?」
「ぐっ……俺がそういうの苦手なの知ってて……!」
 だがそれ以上文句は続かなかった。なぜか笑いを漏らした陽介を訝しげに見つめる。
「なんかこういうのもすげー久しぶりな感じだな。たった一週間、されど一週間って感じ?」
「……ああ。そうだな、本当に」
「今からこうじゃ、休み明けたら不安だらけだぜ……。しかも今年受験生だろ? 俺ら。休みあってもなかなか会えなくなりそうだよな……」
 当たり前のようにできていたことすべてが、これからは難しくなる。今年一年は、特に。
 どんなに離れていても陽介との絆は消えることはないと自負しているけれど、やはり寂しさは隠せない。
 ――けれど。
 陽介を抱きしめる腕に、力を込める。
「陽介。陽介は進路どうするか決めてる?」
「えっ、なんでいきなり真面目トーク? ……え、えーと。とりあえず大学行こうかなって思ってるけど」
 陽介は怪訝そうにこちらを一瞥しながらも答えた。
「そっか、俺も同じだよ。ちなみに、沖奈にある大学に行こうと思ってる」
「まあ、お前のことだからそう……えっ? え!?」
 激しく動揺して立ち上がり、こちらを振り返る陽介に頷く。
「あと家から通える距離じゃないから一人暮らしもしようかなって」
 どんな大学に行きたいとか、具体的なことを決めていない上での決断はかなり大胆だと思ったが、沖奈はなかなかに大きな街だ。探せばきっと見つかるはず。
 自分の望みを叶えるためには、沖奈しかないのだ。
「……本当に、大学は沖奈にあるとこにすんの?」
「そのつもり」
「一人暮らしも、本当に?」
 頷くと、ベッドに押し倒されてしまった。少し息苦しさを感じるほどに抱きしめられる。
「お、おい落ち着けって!」
「だ、だって沖奈だろ!? それって、稲羽から遊びにいける距離じゃん? しかも一人暮らしじゃん? それって会える時間がすげー増えるってことじゃんか!」
 よほど嬉しいのか、見上げる陽介はひどく興奮している。どこまでも素直な様子が可愛くて、思わず頬が緩んでしまった。笑うな、とすぐさま照れ隠しの突っ込みが飛んできたが。
「そっか、沖奈にある大学か……うん、よし、決めた」
「決めた?」
「俺も一緒の大学目指す!」
 今度は自分が驚く番だった。
 実は密かに同じことを願っていたのだ。ただ簡単に口に出せる内容ではないし、どのタイミングで告げるべきか……と悩んでいたところに、先の陽介の言葉だ。
 本当にいいのだろうか。自分と一緒の大学に通いたい、その言葉を受け止めてしまってもいいのだろうか。
「って、今の頭の出来じゃ一緒のトコは難しいか……でも、頑張る。俺、ガリ勉くんになる」
 ……一瞬、うずまきメガネをかけて頭にハチマキを巻いた陽介を想像してしまった。天城なら多分吹き出しただろう。
「天城に勉強教えてもらわねーと……あ、すごーく暇な時でいいからお前にも見てもらいたいな。うん、なんかやる気出てきた!」
「はは、相変わらず陽介は単純だなぁ」
「そこは『相変わらず俺のこと大好きなんだから』って照れるとこだろ? ……いえごめんなさいもちろん嘘です」
 全く、調子に乗るとすぐこれだ。呆れた顔をしていてある意味正解だったかも知れない。
「でも……本当に、いいのか? 俺と同じ大学、行くって決めちゃって」
 身体を起こして、まっすぐ陽介を見つめる。
 進路に関わる問題だからこそ隠せない不安だったのだが、当の本人は首を緩く振った。
「俺自身で決めたことだから、いいんだ。俺がお前と少しでも一緒にいたいって思った、ただそれだけだから」
「本当、に?」
「そうそう。だから俺のこと応援してくれよ? 勉強ちゃんとやれ! って」
 陽介は本当に優しい。つい寄りかかりたくなってしまうほどに、優しい。
 だから単に自分の我儘が先行してはいないかと心配してしまったが、杞憂だったようだ。
「本当に、ありがとう……陽介」
 ありきたりな言葉しか出てこない自分が歯痒い。
 それでも陽介は柔らかな笑みを浮かべて、キスをひとつくれた。
 

「な、里中達にはまだ話してないんだろ? いつ話すんだ?」
「ゴールデンウィークにしようかなって思ってる」
「やっぱり? みんなぜってー喜ぶぜ。菜々子ちゃんなんか泣いちゃうかも」
「本当にそうだと嬉しいな」
「……お前ほんっと菜々子ちゃん好きだよな。いや、俺も大好きだけどさ」
「当然です」