後編 - 1/4

「おかえり、お兄ちゃん!」
 菜々子の笑顔に、久しぶりに見た相棒の顔が柔らかくなる。
「――ただいま。菜々子。ただいま、みんな」
 その言葉がスイッチになったかのように、仲間達の顔が一気に弛緩する。
 もちろん自分も、例外ではなかった。

  * * * *

 春休みに衝撃の告白を聞いてから約一ヶ月。長い時間だった……と言い切れないのは「悠と一緒の大学を目指す」という目標ができたからに他ならない。
 何しろ、悠と自分の成績は雲泥の差だ。今のままでは大学合格など到底叶わない。とにかく勉強をしまくるしかないと、苦い顔をする父親を懸命に説得してバイトの日数を減らし、机に向かう時間を増やした。
 当然仲間達には大変驚かれたが、悠から説明があるまでは黙っていることにした。……恋人との秘密の約束を簡単にバラしてしまうのも面白くない。
 それにゴールデンウィークがある。悠が種明かしをするならその時しかないと、予想もつけていたのだ。
 

「って、やっぱりジュネスなのね……」
「ベッタベタっスね」
「いいじゃない、菜々子ちゃんすっごい喜んでるし」
「まぁね〜」
「つーか俺がいるのにそういうこと言うのやめて? ねえやめて?」
 菜々子の希望もあり、真っ先に向かったのはジュネスのフードコートだった。自分で言うのも何だが、例年通りの混み具合だ。
 つい数ヶ月前まではここで拙いながらも推理を繰り広げていたのだと思うと、なんだか感慨深い。
「ねえ、お兄ちゃん! 菜々子、ジュースのみたい!」
「いいよ。じゃあ、一緒に買いに行こうか」
 笑顔で頷く菜々子の手を引いて売店に向かう悠の背中をなんとはなしに目で追ってしまう。菜々子はすっかり悠にくっついて離れようとしない。
「菜々子ちゃん、鳴上くんにべったりだね。まあ、大好きなお兄ちゃんが帰ってきたんだもん、当たり前か」
「そうですね。電話や手紙のやり取りをしていたと聞いてはいましたけど、会うことの喜びには代えられませんよね」
「まあね〜。直斗くんも嬉しそうだしね?」
 途端、直斗の顔が真っ赤に染まる。慌てて抗議する彼女を見つめる完二が悲しそうだ……。
「……泣くな、完二」
「! べっ、別に泣いてねっスよ! 勝手なこと言うな!」
「え、た、巽くん? 僕、何か……」
「なっ、なんでもねえよ! いいから気にすんな!」
「は、はあ……」
 頭上に「?」マークが飛び交う直斗の横で、テーブルに肘をついたりせが盛大な溜め息を漏らした。どことなく不満そうな顔をしている。
「どーしたよ、りせ」
「ほんのちょーっとだけ菜々子ちゃんに嫉妬しちゃってるだけ。私も先輩独り占めしたーい」
「独り占めしたいって……」
 呆れ顔の里中に内心同意すると同時に、りせの気持ちを理解できてしまう自分もまた、いたりする。
 ……たかが一ヶ月、されど一ヶ月。悠と恋人なら離れ離れだった時間を少しでも埋めたいと思うのは仕方ない。
(ちっちゃすぎるだろ、俺の心……)
「何、俺がどうかした?」
 いきなり悠の声がカットインして無駄に驚いてしまった。誰にも気付かれなかったのは幸いだ。
「ねー先輩! 向こうに戻ってからの話聞きたーい」
「あ、菜々子もききたい!」
「いいけど、そんなに面白いこともないぞ?」
 その時、ポケットにある携帯が震えた。
 一体誰からのメールだろうと差出人の名前を見て、固まった。出そうになった声を何とか飲み込む。
(ゆっ、悠? な、なんで?)
 慌ててメールを開く。
 また、声が出そうになった。
「どしたの、花村。口元押さえちゃって」
「なっ、なんでもねえよ。ほら、くしゃみが出そうになっただけ」
 それで納得した里中は再び悠の話に意識を戻す。こっちは集中などできそうにない。事実、内容が右から左へ綺麗に駆け抜けている。

『旅館について、みんなが寝静まってから二人でたっぷり過ごそうな』

 本文にはそう、簡潔に書かれていた。
 何だこれは。もしかして、自分が密かに不貞腐れていたのを見抜いていたのか?
(……ありうる……)
 急に恥ずかしくなってきた。菜々子以上の子供がここにいることを自覚してしまう。
 ……それでも少しだけ、本当に少しだけ嬉しいと、思ってしまっても、いる。
 ああ、駄目だ。無意識に浮き足立ってしまっているんだ、きっと。
「ちょっと、飲み物買ってくるわ」
 頭を冷やそうと席を立つ。
 視界の端で、悠が小さく笑っていた気がした。