後編 - 2/4

「えーっ!? 鳴上くん、沖奈にある大学目指すの!?」
 天城旅館の夕飯も(今度こそ)温泉も十二分に堪能し、男性陣の部屋にてまったりお喋りを楽しんでいた空気は、悠の言葉で一変した。
 とうとう、この時がやって来たか……。
 受験の話が出た瞬間身構えていた身体に、さらに緊張が増す。
「沖奈にアパートかなんか借りてね。そこから通うつもり」
 皆息を詰まらせ、ただ悠を見つめていた。予想外の反応だったのか戸惑っている様子が伝わってくるが、いい加減それだけ(密かに嫉妬してしまうほど)皆から慕われていることを察知して欲しい。
「ってことはその気になれば先輩といっぱい会えるってこと!?」
 いち早く衝撃から解放されたらしいりせが目を輝かせている。はっとしたように菜々子も期待いっぱいの目を悠に向けた。
「お兄ちゃん……ほんと? いっぱい、あえる?」
「ああ。今よりいっぱい、な。俺からも会える時は会いに行くよ。もちろん合格したらの話だけど」
「やったー! おにいちゃん、じゅけんがんばってね! 菜々子、たのしみにしてるからね!」
 菜々子の喜ぶ姿が伝染したのか、仲間達の顔が次々と笑みに変わっていく。きっと誰もが合格したつもりで考えているだろうが、悠だからこそのなせる業だと、むしろ感心してしまう。
「……花村先輩、あまり驚いていないですね。こういう時、一番に反応するのに」
 思わずびくりと身体を震わせてしまった。直斗、やはり鋭い。今だけは己の性格を恨みたい……。
 文句を言われそうだが、ここは素直にネタばらしをした方がよさそうだ。
「……俺、知ってたんだよ実は。コイツと同じ大学、目指す予定だから」
 再びの、驚愕の声。
 天城が弾かれたように両手を打ち鳴らした。
「あっ、そっか! だから花村くん、あんなに勉強してたんだ!」
「ああ、なるほどね〜。まあ、あんたの頭ならそんくらいやらないと厳しいもんねぇ」
「うっせえっつの! んなの俺が一番わかってるよ!」
 失礼な奴その一に突っ込みを終えたと思ったら、
「いいなぁ花村先輩。私も一緒のところ目指そっかなぁー」
「お前……先輩と一緒のとこ入れるって、本気で思ってんのか?」
「むー! 花村先輩が行けたら私だって行けるもん!」
「りせちー……ひどい……」
 失礼な奴そのニに完膚なきまでに叩きのめされてしまった。文句よりきつい。……こうなればもう、何が何でも合格してやらなければ。
「あ、でもさ。なんで沖奈なの?」
 それは、里中の何でもない質問のように思えた。
 悠が完全に、言葉を詰まらせた。
「あ、ご、ごめんね変な質問して。ただ、鳴上くんのとこから近い大学じゃなくてこっちにしたのはなんでかなー、と疑問に思っただけだから!」
「確かに先輩のご実家があるところなら、よほど特別な理由がない限りいくらでも候補はありそうですね」
「でしょ?」
 悠の横顔は、完全に不意を突かれた表情をしていた。
 視線が、逸らせない。
「……実は、八十神高校の教師になりたいって思ってるんだ。だから単純に、沖奈にある大学の方がそれなりに近いしいいのかなって。まだちゃんと調べてないんだけどね」
 ――教師が夢というのは、家庭教師のアルバイトはやりがいがあって楽しかったと教えてくれた時から何となく察してはいた。だから頷ける理由ではある。
 けれど、本当にそれだけなのか。自分にはどうしても、他に理由があるのではと思えてならない。
 悠が敢えて沖奈に固執する理由。そこでなければならない理由。己のため? それとも、他人のため?
 他人だとしたら、誰?
「ま、いいじゃないッスか。俺はまた先輩と遊びやすくなるから普通に嬉しいぜ」
 完二の言葉が空気を変えた。すっかり合格ムード丸出しの雰囲気に便乗しているのか、悠も握り拳を作って「任せろ」などと高らかに宣言してしまっている。
 どうしても気になって仕方ない。あの悠の様子を見たら大事な理由が隠れているとしか思えない。
「? ヨースケ、どうしたクマ?」
 テーブルの向かいから不思議そうに名を呼ばれ、一斉に視線が集まる。クマは見ていないようで見ている時があるが、今まさにそのタイミングだったようだ。
「あ、わかった! ダイガクジュケンに失敗してマケグミになるのを想像してたクマね!?」
 何でもないと否定する前にデッドボール級の球が飛んできやがった。
「ちっげーよ! てかどこで覚えてくんだそんな言葉っ!」
「バイトに出るといろんな言葉がお客さんから聞けるのです。ふふん」
「え、クマさんまだバイトしてたの?」
「クマはモテモテなの。時々ででもいいから来てくれってオファーばんばんよ」
「確かにあの着ぐるみは集客率高いもんね……私もクマさんに臨時バイトお願いしようかな?」
「天城ツッコミどころそこかよ!? つかクマっ、威張ることじゃねーからなさっきの!」
「全く、陽介は無駄に無茶することが好きなんだから……」
「って鳴上も何さりげなく乗っかってんだよ!? やめて、これ以上悲しい気持ちにさせるのやめて!」
 ある意味二人に助けられたと言っても過言ではなかった……と前向きになることにした。