メインディッシュはデザートの後で - 1/2

「な、鳴上くん! これ!」
 お昼時、巽と談笑していた時だった。
 どこか緊張した里中の声が耳に届き、顔をそちらに向けた花村は軽く目を見開いた。
 相棒が、女子達に囲まれている。
 しかも里中の手には、綺麗にラッピングされた物体が。あれはもしかして……
「これ、もしかしてチョコレート?」
 花村の疑問を一文一句表に出した悠に、里中をはじめとした女性四人はぎこちなく頷く。
「ほ、ほら! いつもお世話になってるしさ。みんなで買ったんだ」
「本当はね、せっかくだし手作りにしようと思ったんだけど……ね」
「材料選びは僕も一緒だったので何とかなったんですが、作る段階で見事に失敗してしまいまして」
「悠先輩に素敵なもの食べてもらいたい! ってつい張り切っちゃって、凝った作りにしようとしたのが間違いだったよね……」
 言い訳を連ねる彼女達に、悠は実に爽やかに微笑んだ。
「いや、ありがとう。もらえると思っていなかったから、すごく嬉しいよ」
 途端、彼女達の顔が火を噴いた。天城のカーディガンに勝るとも劣らない色である。
「あっ、ああああありがとうなるかみくん! じゃ、じゃああたし用事があるからこれでっ!」
「ま、待って千枝! 私も行くわ」
「私っ図書室に借りたい本あったんだった!」
「き、奇遇ですね。僕もでした」
 まさに嵐。あっという間の出来事にただ呆然と成り行きを見つめるしかできなかった。
「……っていうか、俺らにはないんだな」
 どことなく不満気な巽の台詞で我に返る。慌てて何度も頷いた。
「ま、全くだよなー! 悠だけじゃなくて俺らだってじゅーぶん頑張ってんのにな!」
「元々あんまり期待してなかったッスけどね。でもなんか納得いかねー」
「……ああ、直斗からのチョコ欲しかったんだな。完二」
「! そ、そんなんじゃないッスよ! 別にアイツからチョコもらえなくたって全然構わねーッスからマジで!」
 今度は巽の顔が爆発した。勢いよく立ち上がり、悠に突っかかる。その態度が十分証明になっているのだが、当然本人は少しも気づいていない。悠に言わせればこういうところが「可愛い」のだろう。確かにわからないでもない、かも知れない。
 変わらず笑顔を浮かべている悠に、すっかりご機嫌斜めとなってしまった巽は荒々しく屋上を去っていった。
 二人きりだ。不意に訪れた現実を突きつけられ、自然と花村の全身に力がこもる。
「ま、全くアイツもわっかりやすい性格してるよなぁ。直斗からチョコ欲しいって素直に認めりゃいいのにさ」
 食べかけのカレーパンを頬張る。気持ちは全く落ち着かないが、意識を逸らすことはできる。
「でももらえてよかったじゃん? しかも元々は手作りの予定! 何だかんだであいつらってこの学校じゃ人気者だし、貴重だぜー? それ」
 早く昼休みが終わって欲しいと、これほど願ったことはない。こんなタイミングで二人きりになるなど露ほども想像していなかったのだ。
 心臓が無駄に高鳴ってきた。駄目だ、意識すればするほど平常心がなくなっていく。どうにかしたいのにどうにもできない。
「陽介」
 一際強い風が、互いの間を吹き抜ける。
 そんな光景が頭の中をよぎる。空気が変わったのは、明らかだった。
「陽介」
 もう一度紡がれた自身の名は、意外にも近くから聞こえた。
「陽介は、くれないの?」
 期待に溢れ、どことなく意地悪い色も含んだ笑みを浮かべて、悠は背後に立っていた。
 あまり噛み砕かれなかったカレーパンが喉の奥へ消えてしまった。軽くむせながら睨みつける。
「おっ、まえ。いつの間に後ろにいたんだよ! びっくりしたじゃねーか」
「陽介がずっとこっち見てなかったから、気づかなかっただけでしょ。それよりないの? 俺に」
 ――もはや、誤魔化し作戦は効かないようだ。
「ね、ねえよ。あるわけないだろ? 俺、男だし。お前も男だし」
「関係ないじゃないか。だって俺達、ただの相棒じゃないし」
 直接的な表現より、遠まわしに言われる方が恥ずかしいのはなぜだ。
 空になった袋を乱暴に丸める。自分ばかり翻弄されている気がして悔しい。同じ男として屈辱だ。
「そうか、残念だなぁ……。俺、陽介のチョコレートを何よりも楽しみにしてたのに」
 本当に残念そうに呟かれて、罪悪感よりも信じられない気持ちの方が募る。いくら「そういう関係」だからと言って同性からのチョコレートを熱望するか普通?
 自分に置き換えて考えてみた。……嬉しいは嬉しいが、肩を落とすほどがっかりはしない自信がある。
 大体、バレンタインの必要性を感じないくらい自分達はいつも気持ちが通じ合っていると信じているし、愛情だって腐るほどもらっている。与えてもいる。先日あった休みには、二人きりの温泉旅行を楽しんできたばかりだ。「これのためにバイトを頑張った」と誇らしげに語った悠が愛しくて仕方がなかった。
 だから「今さら」と思ってしまう。
(……待て待て。俺、今ものすごくこっ恥ずかしいこと考えてなかったか……?)
 この場で頭をかき乱したい。穴があったら迷わず入りたい。知らずバレンタインデーの魔力にやられてしまったか。
「欲しかったなぁ、陽介からの手作りチョコレート……」
「さりげなく手作りって付け足すなっての!」
 突っ込みながらも、だんだん悠がかわいそうになってきた。盛大なしょんぼり姿を見れば、どうしても心は揺れてしまう。
 そういえば、特別な関係になって日は浅い方だった。ゆえにどうしても羞恥が先に立ってしまい、先程のような挙動不審に陥ることが多々ある。二人きりになると悠の見目が倍はアップしているように見えて直視しにくいのだ。
「……そんなに、欲しいのか? チョコ」
 顔を覗き込むと、内心をそのまま形にしたような笑顔が返ってきた。不意打ち、しかも美形。とにかく心臓に悪すぎる。
「もしかして、くれる気になったのか?」
「あー、いや、その……ものすごく欲しいのかな〜、って思っただけというか……」
「……期待させといてその仕打ちはないんじゃないか?」
「な、なんだよ期待って。さっきも言ったけどチョコは用意してないってば」
 悠の頭と下半身に、垂れた犬の耳と尻尾が生えた。もちろん幻だが、はっきりと見える。
 普段が普段なだけに、こんなにも子供みたいな一面を見せつけられるとえらく可愛いというか、ないはずの母性本能をくすぐられるというか……。
「……そろそろ、チャイム鳴るな。教室行こう、陽介」
 やはり沈んだままの声で、それでも手を差し出してくる。
(チョコ、かぁ……)