メインディッシュはデザートの後で - 2/2

 午後の授業全部を使って、花村はチョコレートの代わりになる「もの」と並々ならぬ決意を手に入れた。
 自分も男だ。こうなったら悠のために、全力を尽くす。
 きっと彼なら喜んでくれるはずだ。そう、誰よりも自分を想ってくれている彼なら。
 

「こんなところに連れてきてどうするつもりだ? 陽介」
 そこは使用頻度のかなり低い空き教室だった。一応特別な授業時に使う教室ではあるのだが、最上階、しかも端の方にあるということで滅多には使われない。生徒達も存在を知らないか、忘れているかの二つに分かれるほどだ。
 だからこそ、好都合だった。
 黙したまま振り向くと、少し埃っぽいからか悠は眉根を寄せていた。
 喉をひとつ鳴らして、ゆっくりと距離を詰める。
「……陽介?」
 ――どうか、これで満足してくれ。
 悠の身体を思いきり引き寄せる。後頭部に手を回して、驚きで開かれた唇を己のそれで塞いだ。
 勢いが過ぎたせいか軽く歯がぶつかってしまったが、すぐに持ち直す。悠がいつもしてくれるように、歯列を舌でなぞりながら奥へと侵入させる。
「……ぅ、んっ……」
 短い喘ぎが悠から漏れている。感じてくれている証だ。素直に嬉しい。
 だがひとまずはここまでだ。「これ」を伝えなければチョコレートの代わりにはならない。
「チョコレートの、代わりは……俺だ。悠」
「えっ?」
「あんなに欲しがってたチョコレートじゃなくて、ワリィけど。俺で我慢してくれ」
「陽介……が、代わり?」
「そ、そうだよ。これでも一生懸命考えたんだぜ」
 普段よりも大きな瞳でまっすぐに、見つめられる。
 頬の熱さも相まって、視線を逸らしたい気持ちに駆られるも懸命に堪えた。ここでそんな行為を取ったら悠はきっと傷ついてしまう……その姿だけは見たくないと思った。
 しかし、予想以上にむず痒くて仕方ない。決意が鈍りそうだからと、自宅ではなく敢えて学校を選んだのは正解だったようだ。
「ゆ、悠?」
 やがて、悠は顔を伏せ、沈黙を続けてしまった。
 もしかして気に入らなかったのだろうか? バレンタインに大事なのは気持ちだからと結論つけず、素直にチョコレートを選ぶべきだったのか。
 正直、わりと自信があったためにショックは大きい。
「……陽介、そんなことを簡単に言っちゃっていいのか?」
「は?」
 謝罪の言葉は、疑問形に変わった。
「陽介がチョコレートの代わりってことは……こういうことだぞ?」
「へ? え、ちょっ、ま……!」
 わけがわからないまま、視界が大きく変化した。背中に固い感触が走り、わずかに顔をしかめる。
「ゆ、悠、おい!」
「何を今さら焦ってるんだ? 俺に、陽介をくれるんだろ?」
 天井に向けられた視線の先で、悠が不敵に微笑んでいる。「男」の本能が色濃く現れた、普段の彼とは結びつかないであろう笑みだ。
 反射的に身を起こそうとしたが両腕はがっちり固定されている。机が軋んだ音を立てただけだった。
「い、いや待てって! ここ学校だぞ、マジやばいって!」
「ここはほとんど人が通らない教室……だっけ? そうだとわかってて、ここに来たんだろ?」
 知って、いたのか。
「そ、そうだけど!」
「なら、大人しく俺に食べられてよ……なあ、陽介?」
 ……全く予想していない、わけではなかった。それを頭に入れた上で、自身をプレゼントに選んだ。
 けれど公共の場でもお構いなしとは思わなかった。どれだけ飢えているんだコイツは。菜々子ちゃんが泣くぞ。
 とにかく全力で阻止だ!
「こ……っ、ここじゃ嫌、だっての!」
 首筋を滑る唇の感触に背筋を震わせながらも必死に叫ぶ。絶対誰にも見られたくないんだ、わかってくれ相棒。
 慣れた動作で制服のボタンを外していた悠の動きが、ゼンマイの切れたおもちゃのように止まった。
「……ここでは?」
 何と丁寧な発音だろう。飢えた獣さながらだ。
「そう、だよ。ここじゃ、嫌だ」
「なら、どうしてここでプレゼントしてくれたんだ?」
 さすが鳴上悠。容赦ない。
「けっ……」
「け?」
「決意が! ……鈍りそうだった、からだよ! だ、だってこんなんがプレゼントなんて、恥ずかしすぎんだろ!?」
「よう、すけ……」
「くっそ、いちいち言わせんなよバカ悠! このむっつりエロ男!」
 唇を噛み締めて視線を外す。
 身体中が熱い。熱すぎて、風邪を引いた時のように頭がぼうっとする。心なしか、視界が歪んでいるような気がする。
 こんな情けない姿、誰にも、悠以外の誰にも見せられない。
 お願いだ。これで本当に勘弁してくれ。
 ――返ってきたのは、胸元への鈍い衝撃だった。
「ゆ、悠?」
 撃沈。その単語が似合う倒れぶりを披露している。さらに細かく震えているようにも見えるが……。
「――わかった」
 やがて一言、彼は呟いた。
 やっと、やっとわかってくれたか!?
「でも、これだけはさせてくれ」
 訊き返す暇もなかった。
 みっともなく開いた口元が乱暴に塞がれる。驚愕に固まってしまった隙を逃さんとばかりに、さらに深さが増す。悠に食べられてしまうのではないかと、物騒な想像がよぎる。
 互いの口内で、舌が、唾液が、息がない交ぜになる。頭の中を薄い霧が覆い始め、思考能力がなくなっていく。
 気持ちいい。今はたったそれだけが、すべてを支配していた。
「……陽介、やらしい」
 唇をぺろりとひと舐めしている悠の方が十分やらしいが、言い返すだけの気力がない。
「でも、これで準備は万端だな」
 準備、って何だ?
 骨抜き状態に等しい自分の身体を抱き起こし、耳元に顔を寄せる。

「続きは後で、な?」

 ――結局、その日は「仲良く」花村家にお泊りとなったのであった。
 ある意味、バレンタインに相応しい結末であったのかも、知れない。
 

「あれ、鳴上くん。なんかものすごくご機嫌じゃない? 何かあったの?」
「ん、ちょっと……里中達の他に、素敵なプレゼントしてくれた人がいてさ」
「え、そ、それって誰? あたし達の知ってる人?」
「ふふふ……」
「……カンベン、してくれ……」

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