今日はいつも以上の戦果だった。全く嬉しくないが、民には喜ばれたのでよしとしよう。
ささくれだった足音を隠せずにいたが、不意に止めた。
「陸遜か。戻ったんだな」
棘だらけの心が少し平らになった。姿を見ただけで、さらには笑顔まで向けられては致し方ない。
だが、ここで簡単に絆されるわけにもいかない。どれだけ寂しかったか思い知ってもらわねば。
「……ただいま戻りました。呂蒙殿が私の屋敷にいらっしゃるなんて珍しいですね」
「いや、その……なんだ、ただ会いたかった、それだけだ」
微妙に目線を泳がせながらもこちらを見つめ、実に素直に呂蒙は返してきた。
――絶対、自分の内心を把握しているはずなのだ。だから単なるご機嫌取りだけの可能性も、なくはない、のに。
駄目だ、これくらいで心が揺らいでいては罰にならない。修行のつもりでもっと感情を制御しなければ。
「魯粛殿はよろしいのですか? 呂蒙殿のことだから一日中でも教えを請いたいと仰ってもおかしく」
「申し訳なかった!」
目の前の光景に、瞬きを忘れた。
呂蒙が思いきり頭を下げている。年下で、部下である自分に、だ。
自分の屋敷の前で、いくら恋人同士だからといって、これは。
「ちょ、ちょっと呂蒙殿。あの、頭上げてください」
「いや、できん」
ああもう、この人は!
「っわかりました、だからともかく私の屋敷に上がってください!」
『お前は相変わらず色恋沙汰には疎いな。まあ、そこがお前の魅力でもあるか』
もしこの場に魯粛がいたら間違いなくそんな指摘をされる。
陸遜の様相で今更ながら「阿蒙らしさ」が顔を出していたことに気づく。
仕方なかった。陸遜に何としても会いたい、どんな時でも一番に想っているのは陸遜だと伝えたい――そう思い始めたら頭がすっかり埋め尽くされてしまった。
軍師とは呼べぬ体たらくだな……。
「どうぞ、こちらに」
陸遜が椅子を勧めてくる。
――だが、ならばこそ今日は存分に阿蒙らしさを発揮しようではないか。
「っ、呂蒙殿!?」
陸遜の命を受けた使用人が下がった瞬間を見計らい、腕の中に閉じ込める。いつもは振り回される自分が、こうして逆の立場になると少し楽しくなる。
「俺は元々直情型だからな。一度こうすると決めたらなかなか修正が効かん」
耳にかかる髪を軽く撫ぜて、剥き出しになったそこへ口付ける。一瞬高めの声が響いたことに満足して、背中をやおらなぞった。
「っ急に、やめ……!」
普段の威勢のよさはどこへやらな姿が、久しぶりの触れ合いも手伝って欲を簡単に増長させていく。
「りょ、もうどのっ!」
全力で抱擁を解かれてしまった。それほどまでに怒りが溜まっていたのか、調子に乗るなと言われているように見えてしまう。いや、返す言葉はもちろんない。
「呂蒙殿ばかり、ずるいです。私にも堪能させてください」
一瞬の後に、口元を塞がれる。歳に似合うと言うべきなのだろうか、少しぎこちない動きで内側をなぞっていく。隠しきれていない必死さがとても可愛くて、わずかに悪戯心が刺激される。
やられてばかりなど、いられるか。
再び、今度は力強く腕の中に抱き込む。繋がりがより深まったことへの戸惑いか、陸遜の動きが止まる。もちろん、その隙を見逃す自分ではない。
飽くまで堪能してやろう。
――ただ自覚がなかっただけで、自分も陸遜並に恋人に飢えていたようだ。
だって、必死に酸素を求めて顔を背ける暇も惜しいと思うくらいに求めているのだから。
「……っも、げ、かいで……!」
自分を押し退けようとして、膝から崩れ落ちた陸遜を慌てて支える。しまった、さすがに調子に乗り過ぎた。
「もう、立てません……」
こちらを見上げる陸遜の双眸はひどく潤んでいる。勢いで謝ろうとして……はたと気づいた。
互いに漂う、気だるさに似た空気……これは大体お決まりとなった展開に向かう気がする。
「だから、呂蒙殿。責任、とってくださいね?」
腕を引っ張られた衝撃に驚き、唇を掠めた感触にまた驚く。
目の前では陸遜の双眸が、野生の動物そのもののように輝いている。
どうしても笑わずにはいられなかった。
――そう、ここでしおらしくなるどころか嬉々としてぶつかって来るのが陸遜なのだ。
