師匠はすべておみとおし - 3/3

「陸遜、昨日は呂蒙と思う存分過ごせたか?」
 素材のありそうな壷を割ろうと振り上げた両手は、完全に止まってしまった。
 その格好のまま首だけを動かすと、心の奥底まで見透かしていそうな魯粛が映る。
 ――私を護衛にした理由は、やはりそれでしたか。
『俺の杞憂で終わればいいのだが……魯粛殿に何やら、探りを入れられるやも知れんな……』
 思わず口に出してしまった様子の呂蒙に、あの時は恋人だけの寝台の上で不謹慎な、と不機嫌さが募ったが……見事に当たっていたようだ。
「……でしたら、どうだというのでしょう」
 無礼と知りながらも敢えて素っ気なく返す。相手は自分で楽しんでいるのだから変に遠慮する必要はない。
「はは、まあ落ち着け。俺は感謝してるんだ」
「感謝?」
「呂蒙が相当な努力家であることは承知だろう?」
 身体も魯粛へ向けて曖昧に頷く。
 着地点が把握できず、ついまじまじと見つめてしまったからだろうか、苦笑を返されてしまった。
「お前の、呂蒙への気持ちは把握している。別に何も企んじゃいないから安心しろ」
「……企んでいなければ、感謝などといった言葉を仰ったりはしないと思いますが」
「ま、そうだな」
 情けない。魯粛への嫉妬を全く隠せない。共に過ごした年月も違う、「阿蒙」と呼ばれていた時代を知っている、何より自分と呂蒙のような師弟関係……焦れるなという方が難しい。
「お前みたいな、呂蒙を一心に想ってくれる者がいてよかった。そうでなければ休息を取ることをまだ忘れていただろうから」
「え?」
 素っ頓狂な声が漏れてしまった。
「呂蒙の皆勤振りは本当に素晴らしいが、だからといって己の身体を疎かにしていい理由にはならない。そう何度も伝えたつもりだったんだが、な。全くいつ休んでいるのかわからん頻度で俺のところに来るからどうしたもんかと思っていたんだ」
 再び、魯粛の顔をまじまじと見つめてしまった。
 ……本当に、みっともなく嫉妬してしまうくらいの頻度ではあった。
 ただ、今の魯粛の言葉を踏まえれば、自分にとっての事情はかなり違ってくる。
 呂蒙のあの態度からして、愛弟子の来訪をいつでも歓迎している状態だと思い込んでいたのだ……!
 ああ、理性を失うとはかくも恐ろしい。
「呂蒙の頑固さを曲げられるのはお前しかいない。これからも、奴のことをきちんと見張っておいてくれよ」
 自分の心情をよそに魯粛は「呂蒙の特別は陸遜だけ」と暗に告げてくれる。だがそれに頷けるほどの行いをしたつもりはない。行動の正体は単なる醜い私情まみれだ。
「……なんだ。急にしおらしくなったな?」
「あ、いえ、ただ私は、そんな大層なことをしたつもりは」
 魯粛の口端が片方だけ上がる。
「ふ……やはり面白い奴だ。呂蒙が気に入るのもわかる」
 何がどう面白いのか全く理解できない。
「あの、ろしゅ」
「さ! 資材集めを再開するとしよう。早く戻らねば、呂蒙がやきもきしているだろうしな」
 その推理は正しく、戻ったらこれでもかというくらい心配された。何度問題ないと言葉態度で示してもどうにも信じてもらえないほどだった。
 ……だが。

「呂蒙。俺と陸遜の強さは、お前が一番よくわかっているのではないか? まさか……見くびっているとでも?」

 ――魯粛殿。魯粛殿の方が、呂蒙殿の頑固さを綺麗に曲げておられると思います……。
 いろんな意味で、まだまだ修行が足りないと実感する陸遜だった。

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