「クマ!」
父親の声が聞こえる。
「ったく、完全に寝コケてやがるこのクマ吉。ごめんな、悠」
「気にするなって。陽介は帰らなくて大丈夫か? 俺、後でクマ送ってってもいいけど」
ぼんやりした視界を右にずらすと、父親と兄がいた。さっきまで家族みんなでハンバーグを食べていたはずなのに……。
「オヤジ……ヨースケ……」
二人が驚きと不思議さを混ぜた顔でこちらを見る。
「オヤジ……って、俺?」
「お前なに寝ぼけてんだよ。ここ俺んちじゃねーぞ」
少しずつ頭がはっきりしていく。そうだ、今日はみんなで集まって遊んでいたんだった。
「ったく、やっと起きやがったか! もう夜だぞ。お前の大好きな夕メシの時間だぞ」
「うん……」
夕メシ、の言葉に心が弾まない。自分の内に確かにあるのに、偽物みたいだ。どうしてだろう。
幸せに満ちた、想像だけの家族の夢を見たりしたから?
「……クマ、どうかしたのか?」
鳴上なら、何かわかるだろうか。道標を示してくれるだろうか。
「……あのね。みんなが家族になった夢、見てた」
家族は「血」の繋がった、ずっと離れることのない関係だとこの世界に来て学んだ。
だからあんな夢を見たのかも知れない。自分にはひどく贅沢で、手の届かない宝物のようなものなのに、強く願ったりしてしまったから。
鳴上が優しく笑う。
「そうか。俺はクマの父親だったんだな。陽介はお兄ちゃんか?」
「うん。カンジもお兄ちゃん。チエチャンとナオチャンはお姉ちゃんで、ユキチャンはお母さんだった。すごく、すごく楽しかったクマ」
けれど所詮は幻。本当の人間でない自分のように偽物で、本当の人間になりたい自分のような願望の塊に過ぎなかったのだ。
「でも、やっぱり夢は夢ね。せっかくみんなと家族になれて、これでずっと一緒にいられるんだって思ったけど、でも」
言葉にしたら胸が締め付けられたように痛くて、苦しくなった。
ただのシャドウに過ぎなかった自分が、こうしていのちをもらって、みんなと変わらない生活まで送れている。それは奇跡だし、仲間、特に二人には感謝してもしきれない。
けれど。……贅沢な望みだと十分にわかっているのに、気持ちを止められない。
せめて陽介の、あるいは鳴上の家の子として生まれたかった。「家族」に、なりたかった!
「バーカ」
――え?
頭に、衝撃。
「おいおい、バカはないだろ陽介」
「これはアニキとしての愛だっての」
顔を上げると、苦笑いを浮かべる鳴上とどこか偉そうな陽介が揃って見つめていた。
「な、なんで叩くのさ!」
「おっまえなー。もしかして家族じゃないと、ずっと一緒にいる資格ないんだとか考えてんじゃねーだろな」
言葉に詰まってしまった。
「やっぱな。だからバカだって言ったんだよ。……家族がどうとか、関係ないんだよ」
どういう、こと。
「や、こう言った方がいいか。家族じゃなくたって、俺達はずっと一緒だ」
今度は優しく頭を叩かれ、撫でられる。
「クマ。クマは、俺達のかけがえのない大切な仲間だ。これからもずっと、それは変わらない」
「か、かけがえのない……?」
「誰も、クマの代わりはできないってこと。みんな、クマじゃないと困っちゃうよ?」
陽介と鳴上の柔らかな笑みは胸に浸透して、降り積もった負の感情を取り除いていく。
……そういえば。家族を知るきっかけになったテレビで、その人はこう言っていた。
父も、母も、ひとりだけしかいない。
だから大事にしたい。守っていきたいと。
――自分だって同じじゃないか。
「センセイ」はひとり。「ヨースケ」はひとり。「チエチャン」も「ユキチャン」も、みんなも。代わりなんていない。
血が繋がっていない、人間じゃない、そんな無駄な言い訳を並べる必要なんてなかった。とっくにみんなは「家族」に等しい大事な存在だったんだ。
みんなも同じ気持ちなんだって信じていいんだよね?
――ううん。訊き返すのは違うよね。ふたりの気持ちを十分に受け取れている自分が何よりの証拠だ。
「セン、セイ……ヨースケ……!」
勢いよく飛びつくと、鈍い音がした後にまた陽介から怒られたが構わない。
「クマは、クマは本当に幸せ者クマあああ!」
「わーった、わーったから力緩めろ苦しい! 悠お前も笑ってないで何とか言えー!」
もう寂しくない。悲しくない。
かけがえのないみんなが、いてくれるから!
