ハロウィン。
それは、恋人にとって大事なイベントである。
いろいろな意味で、大事なイベントである。
最初ジュネスのバイトを引き受けた時はどちらかというと重い気持ちだった。クマのお守りを押しつけられたのも関係しているが、「ある目的」を達成するために数日前から思考を巡らせていたからだ。
だが、今は感謝の気持ちでいっぱいだ。
「ある目的」――ハロウィンのネタを決定、まさかの準備までできそうなのだから!
完全に灯台下暗しだった。ジュネス様様である。
「せ、センセイ……」
脳内が急に現実へ戻る。振り返るとなぜか怯えた顔のクマがこちらを見つめていた。
しまった。今はクマと洋服売場で品出し中だった。綺麗さっぱり存在を忘れてしまっていた。
「せ、センセイはシャドウ作れるクマか!? センセイから邪な気をムンムン感じるクマ……!」
「まさか。クマの気のせいだよ」
爽やかに微笑んでやるとクマはあっさりと信じてくれた。本当に可愛いヤツだ。
そういえばどうやって準備しよう。「あんなもの」を普通に購入しようものなら変な噂を立てられるのは目に見えている。時間だってバイト終わりでは意味がない。何としても今のうちに手に入れなければならない。
「センセイ、何かお悩みごと?」
こちらを覗き込んできたクマに首を振りかけて、息を呑む。
そうだ、クマがいてくれたではないか。
「クマ、ちょっといいか? クマに大事な大事なことを頼みたいんだ。報酬はホームランバー十個でどうだろう?」
報酬以上に大事な、の部分がクリティカルだったのか、クマの表情が引き締まる。胸を拳で叩いて力強く頷いた。
「がってんショーチだクマ! このクマに安心してまかせんしゃい!」
「ありがとう。ただ、くれぐれも他言無用で頼むぞ? これは極秘任務だからな」
「てことはセンセイとクマだけの秘密ね!? 了解であります!」
「うん。じゃあ任務の内容だけど……」
+ + + +
「いやー、今日はほんと助かったよ悠! マジありがとな」
関係者専用の出入口から外に出ると、冬のはじまりを感じる風が頬を撫でる。室内の温度に慣れた身体にはなかなかきついものだったが、心の中はこれからの展開への期待で踊りまくっているためにむしろ暑かった。
やっと、恋人のハロウィンの時間がやってきた。
大事な物が入った紙袋の手提げを握りしめながら笑顔で首を振る。
「これくらい大したことないよ。ていうかあれだけ人がいれば助っ人頼みたくなるのもわかるって」
「だろ? 多分クマ効果のせい、いや店的にはおかげか、なんだろうけどさ……とにかく去年より客来てた。絶対来てた」
店としては嬉しい悲鳴だろうが、現場は悲鳴を通り越して阿鼻叫喚レベルだった。バイトも社員も皆、シャドウに立ち向かう時のような顔をしていた。
(クマ、任務遂行はさぞきつかっただろうな……)
そういえば紙袋を渡してくれた時少しやつれていたような気がする。あの戦場に似た雰囲気から察するに、今日くらいはおふざけ禁止にしてくれと叱られていてもおかしくない。
……報酬を倍に増やしてあげることに決めた。
「そういえばクマ、さっさと先帰っちまったんだよな。観たいテレビでもあったんかな」
陽介と二人きりにして欲しいとお願いしました。
なんて裏事情は当然言えないので、ムリヤリ恋人の雰囲気を作り出して意識を逸らす作戦に出る。
「……俺達に気を遣ってくれたんじゃないか? なあ?」
陽介の頬を撫でながら触れるだけのキスを落とす。案の定固まった身体を引き寄せると伝わってくる心音が速さを増した。
「お、おい。ここ外だから」
「暗いし俺達ぐらいしかいないだろうから大丈夫だよ」
「お、まえなあ……」
というか正直もう限界だった。溢れ出る欲を抑えられそうになかった。
バイトで疲労困憊なのにすまない、陽介!
「――陽介」
改めて、囁くように呼びかける。陽介が恥辱と甘さが入り交じった声で自分の名前を呟き、同じタイミングで顔を見合わせ、惚けた瞳が自然と閉じられたところで……耳元に唇を寄せた。
「Trick or Treat」
「へっ?」
「お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃうぞ?」
