事情聴取を終えて、ある程度のアタリをつけた上で新一に連絡をすると、降谷の答えと同じ内容が返ってきた。
「やっぱり、犯人はその男性か」
『うん。話を聞いてて、明らかに矛盾する点があったから』
「その答えを聞いて安心したよ。協力、本当にどうもありがとう」
『それじゃあ、今日は早く帰れそう?』
「まあ、ね。多分。急ぎの仕事もないし」
『わかった。待ってる』
珍しく声が少し甘いというか、縋るような雰囲気を醸し出している。この感じ、前にもあったような……。
思い出せないまま、恋人との通話は終了した。
「降谷さん、どうかしたんですか?」
スマートフォンをポケットにしまうと、休憩所の扉が開いた。
「……どうかしているような顔に見えるのか?」
「ええ。眉間に皺がありますよ」
ここ近年で風見はだいぶ鋭くなってきたというか、内心を見破られたような気分になること多々だ。
「またコナン君と喧嘩でもしたんですか?」
「最近はしてない」
降谷の口もそれにつられてだいぶ緩くなっていた。
「喧嘩する余裕もなさそうでしたもんね。例の事件もあっていつも以上に忙しかったですし」
「まあ、今日でとりあえず一段落つきそうだし、早めに帰らせてもらうよ」
「そうしてあげてください。コナン君、寂しがっているでしょうし」
(寂しがってる、か……)
まるで降谷の言葉を証明するかのように、今日の仕事は業務時間内に終わらせることができた。
足早に愛車のもとへと向かいながら、風見の見解は案外当たりかもしれないという結論に達しつつあった。
帰宅すらできない日も目立っていたここ数日、まともに恋人の顔も拝めていなかった。歳のわりにしっかりしているし信頼もしているから、ついつい甘えてしまっているのもいけない。
(よし、今日は存分甘やかそう。というか俺も癒やされたい)
マンションの駐車場から部屋までの距離がやけに遠く感じる。大丈夫。焦るな。恋人は必ずそこにいるんだ。
「ただい……」
「お帰りれーさん!」
一呼吸してからドアを開けると、食い気味の出迎えが待っていた。
「し、新一くん……ただいま」
思わず繰り返してしまった降谷を、エプロンをつけた新一は不思議そうに見つめている。
「零さんがボケるなんて珍しいな。いいから早く入れよ。風呂入ってる間にメシ作り終わりたいんだから」
事件の結末についての要求も忘れずにしてから、新一はキッチンに戻っていく。
――あれは間違いなくテンションがあがっているな。全くわかりやすい笑顔だ。
力の抜けそうな両頬に喝をいれながら、新一の指示に従うことにした。
「おいしかった! 新一くんまた腕あがったんじゃない?」
「マジ? 頑張った甲斐あるなー!」
新一は本当に嬉しそうに笑った。料理なんててきるわけないと弱気になっていた頃とは雲泥の差だ。
それにしても、本当にテンションが高い。久しぶりの二人きりの時間を楽しみにしてくれていた、そう自惚れて構わないと暗に告げてくれているのだろうか。
「どうしたんだよ、零さん。オレの顔になんかついてる?」
箸がいつの間にか止まっていたらしい。降谷は慌てて視線と手を動かした。こうなっては言い訳も意味がないので、素直に白状することにする。
「新一くんがいつにも増して楽しそうだからね。ちょっと気になっただけさ」
今度は新一が止まる番だった。怪訝に思う降谷だったが、すぐにしくじったと言いたげな表情に変わる。
「零さん、それマジで言ってんの?」
やはり先程の自惚れは間違っていなかったのだ。わかりやすいほどにわかりやすい新一は降谷にとって本当に珍しいことだから、つい弱気に少し肩を預けてしまった。
椅子から立ち上がり、エプロンを外して背中を向けた新一を素早く包み込んだ。抵抗されなかっただけでも十分、どうとでも巻き返せる。
「すまない。新一くんが可愛すぎて、ついからかいたくなっただけなんだ」
「……ほんと、あんたって時々タチ悪いよな」
「羽目を外しかけていたのかもしれないな」
「どういう意味だよ」
「だって、久しぶりに君とこういう時間を過ごしているんだ、嬉しくて仕方ないに決まってるだろ?」
新一は唸り声をあげていた。やがて降谷を振り返ると、胸元にこつんと拳をあてる。
「そういうとこ、すっげえずるい」
「君には嘘をつきたくないからね」
降谷の置かれている立場では、嘘はもはや商売道具と言っていい。
仮面を常にかぶっているような日々の中で、素顔を許されるこの場所はもはや聖域だった。
「……っれ、」
新一の顎をすくい上げて、運よく半開きだった唇を塞ぐ。軽く交差させたあとに舌をゆるりと滑り込ませると、背中をぐっと引き寄せられた。
(ここまで新一くんが素直だなんて、それだけ一人にさせてしまったんだな……)
今まで与えてしまった寂しさを消し去るように、降谷も新一を抱きしめる腕に力を込める。
――消し去りたいのは降谷も同様だった。そういえば一ヶ月近く触れ合っていない。膨れ上がるばかりの恋人への想いに身を任せてしまいたくなる。
「っま、待って、って!」
息継ぎのタイミングを見計らっていたらしい新一が、慌てて己の唇を手のひらでガードした。あからさまに眉根を寄せた降谷は視線だけで訊き返す。
「ごはん! 夕メシ!」
瞬時に、寸前までの状況を思い出した。
「ご、ごめん! せっかくの新一くんの自信作なのに」
「褒めてくれてありがたいけど、ちゃんと食ってほしいんだよ。どうせまともな食事してないんだろ?」
千里眼でも身につけているんだろうか、と思いたくなるほど新一にはこちらの状況が筒抜けだった。伊達に同棲をしているわけじゃないといったところか。
「オレだって腹減ってるんだから。今はとにかくメシ。そんで風呂」
「え、まだ食べてなかったんだ?」
「……零さんと一緒がよかったって言ったら?」
勘弁してほしい。今すぐ、さっきの続きをしたくなってしまうじゃないか。
